rokaさんの投稿一覧

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11 - 20件目/全109件
  1. 評価:5.000 5.0

    パンドラの箱の底

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    (※レビュー訂正)

    大絶賛する気にはなれなかった。
    人に薦める気も起きなかった。
    ただ、心には、残った。

    私は本作を、基本的には「ドラえもん」へのアンチテーゼとして読んだ。
    タコピーのハッピー道具は主人公を何ひとつハッピーにせず、あろうことか「仲直りリボン」は首_吊りに使われ、「ハッピーカメラ」は撲殺の凶器になる。
    主人公の生活や、いじめっ子の家庭環境の描写も陰惨極まりなく、アンチテーゼを超えて「悪意あるパロディ」と言った方がしっくりくるほどだ。
    主人公の名前「しずか」だぞ、おいおい。

    ひとつは、時代かな、と思う。
    いささかネガティブな物言いになるが、「こんなこといいな、できたらいいな」の時代は、終わったのかもしれない。
    よくも悪くも、私たちは知ってしまった。
    人間が便利な道具でハッピーになれるわけではないことを。

    21世紀になってしばらく経って、人間は結構な「こんなこと」が出来るようになったのに、別に対して幸せになれてないじゃん、と。
    残酷ないじめも児童虐待も、戦争と疫病すら、なくなってないじゃん、と。

    主人公は、ハッピー道具に見向きもしない。
    単に「魔法」の存在を信じていないのではない。
    彼女がその身を浸しているのは、仮に魔法があるにせよ、それが自分を幸せにしてくれることはない、という諦観だ。
    彼女の姿は、テクノロジーがもたらすキラキラの未来からはとっくに拒絶された私たちの姿、そのものなのだと思う。

    そしていつの時代も、一番傷ついて生きるのは子どもたちだ。
    子どもには傷つく権利があり、その能力もあるからだ。

    それはそうなんだけど。

    わざわざ作品にする必要、あるのか?
    ずっとそう思いながら、読み続けた。

    でも、最後まで読んで、印象が変わった。
    これはもしかすると、現代を生きる子どもたちへの応援歌なんじゃないか、と。

    現実はこんなに上手くはいかない。
    その批判はわかる。
    「対話」なんてものに大した力はない。
    それもわかる。
    私もそう思う。

    しかし、かつてドラえもんが提示した希望を完全に否定しながらも、本作はきっと、希望を持つこと自体は、捨てられなかったのだろう。
    ドラえもんの否定というパンドラの箱の底に残っていたのが、「伝え合う以外にない」ということだったのだろう。
    その希望の是非はともかく、その希望の見出し方は、私は嫌いではなかった。

    • 58
  2. 評価:5.000 5.0

    全ての先達を過去にする

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    凄すぎる。
    どんな賛辞も追いつかないくらい、凄すぎる。

    まず、冒頭のシーンから思った。
    「これ、映画だ」と。
    カット(漫画で言えばコマ、ということになるが)のひとつひとつが端正で美しく、それにいたく感心した。
    物語の内容以前にこのカットの飛び抜けた技術が、作品を根本で支えている。

    ストーリーの骨子は、タイムリープと「寄生獣」的な入れ替わり、いずれも決して目新しいものではないのだが、圧倒的な完成度が、全ての類似作品を単なる過去にしている。
    「ループものは腐るほどあったかもしれないけど、これより面白いループもの、あった?」とでも言わんばかりの勢いである。
    こちらとしては、「いいえ、ありませんでした、すみませんでした!」と言うしかない。

    とにかく巧妙に計算され尽くした作品で、ループの設定ひとつとっても、抜群に上手い。
    「ループもの」の弱点のひとつは、主人公(たち)が死んでも「どうせループしたら生き返りますんやろ」という緊張感の欠如なのだが、「ループして戻る地点の時間が徐々に遅くなる」というシンプルな仕掛けで、ループものの宿命を完璧に回避しつつ、見事な緊迫感を生んでいる。
    こんなのは一例に過ぎず、全編に渡って、魅力的なギミックが満ち溢れている。

    ストーリーの作り込みの緻密さも尋常ではなく、マジで作者の頭の中どうなってんだ、というレベルである。
    ただ、謎があまりに重層的であるが故に、読者としては「わからない」という状態がかなり長く続く。
    作品に隠された真意やメッセージがわからない、ということではなく、真相や黒幕がわからない、ということですらなく、ただただ、今何が起きているのかが、圧倒的にわからない。
    何が凄いって、「わからないのに滅法面白い」ということだ。
    張り巡らされた膨大な伏線を綺麗に回収し、ちゃんと「わかる」ところに着地させるのも大したものだが、むしろ「わからない」道中において圧倒的に楽しませてしまう技量、力量に舌を巻いた。

    ストーリー的にも、画としても、毎回毎回見せ場がある、というか後半なんてもう、見せ場しかない。

    これ、連載で読まなくてよかったー。
    一週間待ちきれなくて、多大なストレスになっていたと思う。

    いやー参った。
    本当に参った。
    こんなに凄い漫画、そうあるものではない。

    • 27
  3. 評価:5.000 5.0

    現在進行形の最高形/600本記念

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    まず、作画のレベルがとんでもない。
    まさしく大胆かつ繊細、という感じで、細やかで可愛らしくてカッコよくて迫力満点、抜群にポップであって、1コマで勝負できる芸術的な構図を連発するその圧倒的な画力は、少年漫画のひとつの理想形ではないかと思う。
    こんなに凄い画をほとんど見たことがない。
    週刊連載だろ?
    何だよこれ。

    バトルシーンは「ジョジョ」からの如実な影響を受けつつ、パリッとオリジナリティーもあって、こういうのを正当な「リスペクト」と呼ぶのだろう、と心から思った。
    最初のバトルシーンでは、唐突な「ジョジョ風」の表出に笑いながらも、そのあまりの素晴らしさに鳥肌が立った。
    いい大人が少年漫画でそんな体験、なかなか出来るものではない。

    題材は一応オカルトなのだが、正直、オカルト愛に溢れる、という感じではなく、あくまでモチーフとして器用に利用している印象ではある。
    偏屈なオカルト好きの私としては、そういうオカルトの扱い方というのはいかがなものか、という性格の悪いことを普段なら言うのだが、漫画としての技量が凄すぎて、どうでもよくなった。
    参りました。

    また、ターボババアやアクロバティックさらさらや邪視などの現代妖怪に付与された独自のバックグラウンドも絶妙で、それが作品に深みとアクセントを与えている。
    これが日本のクラシックな妖怪だと、勝手な後づけは反則感が強くなるが、現代妖怪に照準を合わせたのが巧妙である。
    アクロバティックさらさらの唐突な過去シーンには胸が熱くなった。

    笑いあり、涙あり、全てが高水準で、嗚呼、読んでいて本当に幸せだった。
    私は完全に別世界に連れ去られ、その世界においては、ただの少年でしかなかった。
    私と漫画だけが、その世界にはあった。
    遠い昔だ、そんなふうに漫画を読んでいたのは。
    二度とないだろうと思っていた。
    現在進行形の少年漫画でそんな体験を再び持てたことが、私は心の底から嬉しかった。
    ありがとうございました。

    あ、忘れてたけど、これ、ラブコメだ。
    何だそれ。
    もう、色々と凄すぎる。

    • 88
  4. 評価:5.000 5.0

    突出した奇異なバランス

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    とても素晴らしい作品集だと思ったのだが、上手く言葉を探せなかった。
    ここまで言葉が出てこないことは珍しい。
    私は自らの言葉の乏しさに久しぶりに失望した。
    何なんだろう、これは。

    多分、突出しているのは、バランスなのだと思う。
    登場人物(特に女性)の切実な感情や、繊細な揺れといったものを、決して重くならない中で、かといって軽々しくでもなく、あくまでゆるく、ふわっと、スライムのような質感で描く、という絶妙なバランス。

    本当はもっと「笑えない」類のシリアスな物事が、SFだったり、巨大ヒーローだったり、UMAだったりによってある種のパロディ的な方向に緩和されているが、ポップな中で、核となる生傷の痛みのようなものは鮮やかに息づいたままである、という奇異なバランス。

    天秤の両方に同じものを載せてつり合っている、という種類のバランスではなく、小さな金塊と巨大な綿あめでもってつり合わせているような、その独特のバランスが凄い。

    そういったバランスが多分に、論理的にでも計算づくでもなく、感覚的に積み上げられていて、いささか差別的な言い方になるが、実に女性的な漫画だと思った。
    「枕草子」が当時、女性にしか書けなかったように、こういう漫画というのはおそらく、男性にはなかなか描けない。
    その感覚的な部分というのは、本質的には言語化と相容れないものであって、私なんかの言葉が追いつかないのも、それと無関係ではないと思われる。

    私はとにかく「ツチノコ捕獲大作戦!」が大好きで、何度も何度も読み返した。
    それは多分、これが「したたかな女の子と情けない男の子」、両方の本質を鋭敏に貫いた話だったからだろう。
    幻想を見るのも夢に破れるのもいつも男の方よね、というひとつの本質を、あり得ないくらい的確に、これ以上ないくらいミニマルに、悲劇と喜劇の完璧なバランスの上で成立させた、離れ業的な傑作である。
    これ以上に素晴らしい短編漫画のラストシーンを、他にほとんど知らない。

    • 3
  5. 評価:5.000 5.0

    実を結ばないその花は

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    たまらなく悲しいけれど、心を洗われた。
    そんな読書体験は、なかなかあるものではない。

    まず、序盤から中盤にかけては、事件を巡る登場人物たちの証言と人物像がそれぞれ食い違い(特に被害者の恋人のキャラクターが、被害者の言と主人公の言で全く違う)、このあたり、サスペンスとして非常にスリリングで、抜群に面白かった。
    これは現代版&漫画版、芥川龍之介の「藪の中」だと思って、ワクワクした。
    何しろ芥川の「藪の中」は本当に真相が「藪の中」という作品だが、さすがに本作がそんな結末を迎えるとは思えず、着地点がどこになるのかな、と。

    後半、物語が「藪」を抜けてからは、事件の全貌がゆっくりと見えてくる。
    主人公の意図が明らかになり、「何があったのか」と「何が起きようとしているのか」がバランスよくシンクロしてゆく中で、物語は様式美すら漂うくらい綺麗に、しかし、悲しみに満ちた終幕へと向かってゆく。

    はっきり言って、主人公の「行動」には、リアリティーもクソもない。
    しかし、その執念、その情念、そして、ある特別な時代にしか持ち得ない友への強烈な思慕、そのリアリティーは、あまりに鮮烈で痛切で、「出来事」の噓臭さなんて吹き飛んでしまった。
    こういうのが、フィクションの真の力なのだと私は思う。

    タイトルの「徒花」という言葉は、咲いても実を結ばずに散る花を示す。
    何てことだ、タイトルからして伏線だ。
    しかし、実のところ本作は、咲いても実らなかった、ではなくて、実らなかったけれど、確かに咲いたよね、という物語ではなかったか。
    それは、主人公の「これでいい」という言葉と完璧に呼応する。

    エピローグのラストシーンが、信じられないほど素晴らしい。
    もちろん、見事な作画が前提にあってのことなのだが、このラストは、小説でも映画でもなく、漫画でなければ駄目な気がした。
    子どもを守ろうとしなかった大人、子どもを守れなかった大人、そして、子どもを守れなかった子ども。
    誰一人許されないようなもの悲しい世界の真ん中で、このラストシーンにだけ、唯一、本物の赦しがある。
    それはほとんど奇跡と言って差し支えないほどに、ただ静謐に、それでいて気が狂ったように、あまりにも美しい。

    • 407
  6. 評価:5.000 5.0

    素晴らしきジェットコースター・コミック

    ヤバい。
    面白すぎてヤバい。
    本サイトでは更新が遅いので、別のサイトで最新話まで一気に読んだ。

    現実的なミステリとして読めば、多少の粗はあるものの、そんなのどうでもいいと感じさせてくれる吸引力抜群のストーリー、そして、ハイレベルな画力。
    主人公含めて、登場人物が誰一人信用できない、という圧倒的な緊張感。

    ただ、本作の一番のアイデンティティーは、その異様なまでのテンポのよさではないかと思う。
    とにかく展開がすこぶる早い。
    単行本の単位で言うと2巻分しか読んでいないのに、体感的には、3倍くらいの量を読んだような満足感があった。
    毎回のようにサプライズがあり、映画では「ジェットコースター・ムービー」なんていう表現があるが、本作はまさに「ジェットコースター・コミック」である。

    これは実際、非常に微妙なところで、「展開が早すぎる」というのは、作品によっては傷になる。
    (事実、他作品に対して、私はそういうレビューを書いたこともある。)
    また、これが仮に小説であったなら、私は「おいおい、早すぎるだろ」と感じたとも思う。
    つまり本作のスピード感というのは、「漫画だからギリギリセーフ」という危ういバランスの上に成り立っているわけで、そのあたりのさじ加減が絶妙である。

    じっくりと丹念に積み上げる、というよりは、矢継ぎ早にパンチを繰り出してくるようなタイプのサスペンスであり、この魅力的なスピード感は、突出している。
    サスペンスフルなエンターテイメントのお手本のような作品であり、もう、何も言うことはない。
    ただただ、早く続きが読みたい。

    • 85
  7. 評価:5.000 5.0

    こっちの台詞

    「女の園の星」が面白すぎて、こっちに飛んできた。

    あまりに素晴らしい才能というのは、もう、私なんかがいちいち言葉にするのも馬鹿らしくなってくるのだが、本作もまさにそういうことで、とにかく黙って「うしろの二階堂」だけでも読んで下さい。
    よろしくお願いします。

    フィクションを作る才能にも色々あると思うのだけれど、この人のそれは「構築する」というようなタイプの才能ではなくて、日常を「切り取る」ということに特化した才能ではないかと思う。
    例えば、優れた写真というのは、結局、目の前にあるものをどう切り取るか、ということになるかと思うのだが、そういう種類の感覚がずば抜けている。

    「女の園の星」のレビューでも同じことを書いたけれど、読んだ後で、自分が生きている日々に対する見方が少し、変わるような、日常をもう少し慈しみながら生きてみようかな、と思えるような、本当に素晴らしい漫画である。

    何だよ、「夢中さ、きみに。」って。
    それはこっちの台詞だっつーの。

    • 118
  8. 評価:5.000 5.0

    騙された私の負け

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    第一話の冒頭は、ある男子生徒が女子生徒に、読者が目を背けたくなるほど悪質ないじめを行っている描写に始まる。
    よくあるいじめ→復讐系の漫画かと思いきや、これがまるっきりのミスリードで、途中から(というか序盤から)完全なギャグ漫画に変貌する。

    実は、いじめていた男の子(主人公)の方が、女の子(ヒロイン)に、いじめることを強要されており、いじめが生ぬるいと、後でヒロインから苛烈を極める暴力でもってお仕置きされる、という設定である。
    なぜ少女がそのような奇行に走るのか、明らかにならないままストーリーは進むのだが(一応、過去にいじめで友達を亡くしていて、それを救えなかった自分を罰しているのでは、と感じさせるような伏線は出てくるが、読んだところまででは何とも言えない。私は「文化祭編」まで読んだ)、その本筋はいったん置くにしても、実にいい拾い物をした、と思える漫画であった。

    いじめというセンシティブな題材を扱っているだけに、これをギャグにもっていくのは不謹慎と言えばまあそうなのだが、はっきり言って私は楽しくてしょうがなかった。
    肝心のギャグ部分が、単純にとても面白かったからだ。

    本作は様々な少年バトル漫画、スポーツ漫画、推理漫画、ホラー漫画、などのパロディに満ちていて、私が元ネタをわかったのはごく一部だと思うが、「少年漫画あるある」を逆手にとったその懐の深さと造形の深さ、センスの良さ、そして、少年漫画への愛情みたいなものには、ほとんど感動すら覚えた。

    何とかいじめをやめて平穏な学園生活に戻りたい主人公、主人公が自分以外をいじめることも主人公以外が自分をいじめることも許さない奇怪なヒロインを始め、新選組に憧れるまるで頼りにならない正義漢、黒板を片手で振り回す本物のいじめっ子、主人公を溺愛する万能サイコ美少女、タフな肉体を持つミュンヒハウゼン症候群少女、と脇を固めるキャラクターたちも可愛くて楽しい。

    そんなわけで、第一話だけ読んでやめない方がいい、と声を大にして言いたい漫画なのだが、最初だけ読んで離脱する読者がないよう、第一話からきっちりネタばらしをしてくる点は実に巧妙で、その大胆さには舌を巻く。
    第一話のサプライズの大きさ、という点では、私が読んだ漫画の中で歴代一位かもしれない。

    星五つはあげすぎな気もするが、これだけ見事に騙されると、もう、私の負けである。

    • 9
  9. 評価:5.000 5.0

    ノスタルジア、そして、戦う子ども

    この原作者の漫画化作品は「死者恋」「フクロウ男」と読んできて、これが三つ目。
    「フクロウ男」も結構凄かったけれど、本作には完全にやられた。

    話としては、いわゆる「ループもの」で、主人公の少年は、友達を救うために、同じ一日を何度も繰り返す。

    私はそもそも短編小説という表現形態が好きで、短編小説の良質な漫画化も好きである。
    その点から言えばもう、本作は満点という他にない。

    何がいいって、作品の空気感がいい。
    ピンポイントの世代で言えば、私より少し上の年代により刺さるのだろうが、描かれているのはほとんど普遍的と言って差し支えない、あなたや私の「あの頃」であり、そのノスタルジックな手触りは、絵柄と相まって、とても魅力的に映った。
    そのノスタルジアと、反復される友人の死、というもの悲しいファンタジーが、一種特異な世界観を創出している。

    思うのだが、子ども、という存在は、大人ではあり得ない種類の戦いみたいなものを、日夜続けている気がする。
    その大半は、大人になってしまった我々の目からは些細な問題に映るので、私たちはいつしか、その壮絶さを忘れる。
    「下らないことで悩んでたよね」と。
    しかし、大人がどれほど子どもを笑っても、あるいは自らの幼さを自嘲的に振り返っても、やはりそこには過酷な戦いがあったのだと思うし、その欠片くらいは忘れたくないと私は思う。
    子どもと関わる人間であるなら、なおさらだ。

    本作が描いたのは、「昨日」が繰り返されるファンタジーであるのと同時に、大人には決して理解されることのない孤独な戦いを続ける少年の、つまりは、かつてのあなたや私の、普遍的な物語でもあったと思う。
    そういう意味で、本作は、戦い続ける子どもたちへのアンセムであり、その戦いを終えた大人たちへのレクイエムでもある。

    作品において「子ども」を描く、ということについて、これ以上に誠実な視線というものを、私はあまり知らない。

    • 37
  10. 評価:5.000 5.0

    覚えていること、忘れること/500本記念

    個人的な話だが、ちょうど500本目のレビューである(まあ厳密には削除されたレビューが2本あるのだが)。
    少年時代の思い出深い作品として、本作を選んだ。

    相手の頭部に手をかざすことで、任意の記憶を消去する能力を持つ医者の話。

    当時の少年ジャンプ連載作品の中では完全に異質だったが、当時を思い返してみても、これほど深く心を動かされた漫画というのは他にあまりなかった。
    少年漫画らしからぬ細く鋭いタッチ(作者が女性であることを後年になって知った)もさることながら、決定的な異質性は、本作が人の悲しみを描く漫画だった、ということにあったのではないかと思う。

    覚えていることも、忘れることも、悲しいことだと私は思う。
    何だよ、それじゃ全部悲しいじゃん。
    そうなのである。
    でもそれを、よりによって少年漫画でやるかね、というのが、本作だった。
    そしてまた、忘れられない悲しみを徹底的に描きながら、それでも覚えていることの素晴らしさ、美しさを描いたのも、本作だった。

    私たちは日々、膨大な量の情報にさらされながら、意識的に、あるいは無意識的に、これまた膨大な量の記憶を保持したり捨て去ったりしながら生きている。
    昔の恋人の香水の香りから、昨日の夕飯のメニューまで。
    覚えたいのに消えてゆくログに悩み、忘れたいのに忘れられない記憶に傷つきながら、私たちは生きている。
    でも、きっと、あるはずなのだ。
    何に代えても覚えていたいことが。
    いつか自分が年老いたときに、深いところで胸の内を温めてくれるような、これさえあれば残りの人生を生き抜いてゆけると思えるような、そういう種類の記憶が、私にも、あなたにも。
    それを、ありったけの悲しみの中から、そっとすくい上げるような漫画だった。

    誰かが言ったそうである。
    生きてゆくということは、思い出を作ることなのだ、と。
    ならば、この漫画にあったのは、私たちが生きてゆくということ、そのものであったと言っていい。

    あと百年もすれば、こんな私の文章など、地球のどこにも残っていないし、誰も覚えてはいないだろう。
    それでも生きてゆくということを考えるとき、私はときどき、この漫画のことを思い出す。

    • 19

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