5.0
渾身の名作
青森から室蘭の幕西遊廓に「売られていった」少女たちを主人公に、日本の近代化の中で目覚ましい発展を遂げた「鉄の街」室蘭の裏歴史を描く、一大巨編。
私たちのほとんどが詳しくは知らない北海道開拓の時代背景を語る「大きな」ストーリーと、そこに生きた女たちの「小さな」ストーリーのバランスが絶妙である。
大きなストーリーが主人公たちの描写にリアリティーと説得力を与え、小さなストーリーが歴史の解説に悲哀と情緒を与える。
この相互補完が見事に決まり、単なる史実を超えた、圧倒的な物語がそこに立ち現れている。
姉への複雑な思慕から、芸妓の世界を蹴って、自ら女郎として生きる道を選んだお梅。
没落した公家の娘という偽りの姿を演じ続け、芸妓として成り上がる武子。
器量の悪さから下働きをさせられ、女郎に憧れる道子。
決して報われない愛情を秘め、冷徹なまでに静かに振る舞う番頭の直吉。
個々のキャラクターの造形も素晴らしい。
私は、直吉が感情を爆発させる場面で涙をこらえられなかった。
作中、室蘭が作者の故郷であることが明かされる。
「残酷な性は知らされることなく、私たちは大人になった」。
その思いを胸に、作者はペンをとった。
そこにあったのは、何だったのだろう。
義務か、責任か、欲求か。
私が感じたのは、そういう言葉では説明のつかない、室蘭に生まれた漫画家として「描かねばならぬ」という圧倒的な熱量と、鬼気迫るほどの意志力であった。
渾身、という言葉がこれほど相応しい漫画を、私は他に知らない。
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