5.0
実を結ばないその花は
たまらなく悲しいけれど、心を洗われた。
そんな読書体験は、なかなかあるものではない。
まず、序盤から中盤にかけては、事件を巡る登場人物たちの証言と人物像がそれぞれ食い違い(特に被害者の恋人のキャラクターが、被害者の言と主人公の言で全く違う)、このあたり、サスペンスとして非常にスリリングで、抜群に面白かった。
これは現代版&漫画版、芥川龍之介の「藪の中」だと思って、ワクワクした。
何しろ芥川の「藪の中」は本当に真相が「藪の中」という作品だが、さすがに本作がそんな結末を迎えるとは思えず、着地点がどこになるのかな、と。
後半、物語が「藪」を抜けてからは、事件の全貌がゆっくりと見えてくる。
主人公の意図が明らかになり、「何があったのか」と「何が起きようとしているのか」がバランスよくシンクロしてゆく中で、物語は様式美すら漂うくらい綺麗に、しかし、悲しみに満ちた終幕へと向かってゆく。
はっきり言って、主人公の「行動」には、リアリティーもクソもない。
しかし、その執念、その情念、そして、ある特別な時代にしか持ち得ない友への強烈な思慕、そのリアリティーは、あまりに鮮烈で痛切で、「出来事」の噓臭さなんて吹き飛んでしまった。
こういうのが、フィクションの真の力なのだと私は思う。
タイトルの「徒花」という言葉は、咲いても実を結ばずに散る花を示す。
何てことだ、タイトルからして伏線だ。
しかし、実のところ本作は、咲いても実らなかった、ではなくて、実らなかったけれど、確かに咲いたよね、という物語ではなかったか。
それは、主人公の「これでいい」という言葉と完璧に呼応する。
エピローグのラストシーンが、信じられないほど素晴らしい。
もちろん、見事な作画が前提にあってのことなのだが、このラストは、小説でも映画でもなく、漫画でなければ駄目な気がした。
子どもを守ろうとしなかった大人、子どもを守れなかった大人、そして、子どもを守れなかった子ども。
誰一人許されないようなもの悲しい世界の真ん中で、このラストシーンにだけ、唯一、本物の赦しがある。
それはほとんど奇跡と言って差し支えないほどに、ただ静謐に、それでいて気が狂ったように、あまりにも美しい。
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adabana―徒花―