rokaさんの投稿一覧

投稿
756
いいね獲得
24,442
評価5 20% 151
評価4 28% 214
評価3 30% 230
評価2 17% 126
評価1 5% 35
21 - 30件目/全214件
  1. 評価:4.000 4.0

    醜い大人、美しい覚悟

    ネタバレ レビューを表示する

    漫画として好きになれたわけではなかった。
    だが、いじめを題材にした中で、これほど誠実な作品には出会ったことがなかった。

    いじめが漫画の中で扱われる場合、誤解を恐れずに言えば、それは基本的にエンタメの道具である。
    過酷ないじめからの苛烈な復讐からのカタルシス。
    まあ、それはそれでいい。
    いじめをエンタメだなんて、不謹慎な!というポリコレ派の怒号が聞こえてきそうだが、そんなこと言ったら、ほとんどのミステリは殺_人エンタメだっつーの。

    この漫画は、そういう作品群とは決定的に袂を分かつ。
    本作は作品の中でほとんど何も解決しないし、いじめの被害者と加害者、どちらの味方もしない。
    「いじめられる側の味方」にならなければ、エンタメとしてのいじめ作品は描けない。

    加害者の親、被害者の親、どちらもムカつく、という非難はよくわかる。
    加害者の母親は自身がいじめられた過去から娘への嫌悪感を抑えられず、娘と向き合えない。
    被害者の母親は娘が不登校になったことから加害者への恨みを募らせ、歪んだ復讐心から暴走していく。
    父親たちはどちらも役に立たない。
    教師はもっと役に立たない。
    おいおい大人たち、しっかりしろや、と。
    それは、そうなんだけど。
    いじめを外から眺めている限りにおいて立派なことが言える大人たちも、自分の子どもが被害者に、あるいは加害者になったとき、それほど立派ではいられないのではなかろうか?
    本作が示したかったのは、いじめに直面したときに多くの大人たちが持ち得る弱さであり、醜さなのだと思う。
    その中で、被害者の母親が最後に辿り着く「自分の子どもが絶対に加害者にならないと言い切れるのか?」という気づきは、とても残酷で、でも、素晴らしい。

    犯罪を巡る論議になる度に、必ず見る意見がある。
    「自分の家族が被害者になっても、同じことが言えるのか!」というやつである。
    これ以上ない正論だが、私はその意見が嫌いだ。
    わかりやすいし、破壊力があるが、想像力を停止して反論を封じるだけのずるい意見だと思うからだ。

    悲観的な物言いになるが、いじめがなくなることは多分ない。
    悲しいことに、解決策もないのかもしれない。
    だだ少なくとも、被害者を、そして加害者を、真摯に見つめることによってしか何かが始まることはないのだと、本作から感じたのはそんな覚悟だったし、その覚悟を、私はとても美しいと思った。

    • 7
  2. 評価:4.000 4.0

    偶像を思う

    ネタバレ レビューを表示する

    賛否はあるだろうが、「推し」がいてそれを追いかけるという現象はもう、ひとつの文化と言って差し支えない時代なのではなかろうか。
    私には縁遠い世界の話だが、実に興味深く読んだ。

    作品を支えているのは、「推し」文化に関する圧倒的な情報量とディテールである。
    それは「推し」を持つ人々の活動の詳細な描写だけではなく、「夢」と現実の間で浮遊する彼らの心情の機微、そして、エスカレートした執着がいつの間にか一線を踏み越えてゆく危うさ、そういったものを鮮明に描き出すことであって、その細部の克明さとリアリティーは素晴らしい。

    一方で、漫画の大枠であるところのサスペンス的な部分は、最終的にはあまり腑に落ちなかった。
    微妙な言い方になるが、結末として、あまりに綺麗に過ぎる。
    本作の魅力は、何かに執着する人間の生々しさ、極度に「好き」であるということは決して綺麗ごとでは済まないというある種のおぞましさ、そういうものを炙り出した点にあると感じていたので、人間の美しさみたいなものに依存したサスペンス部分の結末は、「推しのいる私たちのリアル」という文脈から乖離してしまっているように感じた次第である。
    ただまあ、読み進めていく過程では、このサスペンス要素に吸引力があったことも確かであるし、作者はどこかで、汚れたものの中で汚れずにいる存在を作品に残したかったのかもしれない。
    そう思うと、それを否定するのも酷である。

    人間というのは、何かに夢中でありたい存在だ、と私は思っている。
    時にはその夢中が、執着が、狂気を孕んで、自らの人生がばらばらになることさえあるほどに。
    「推し」現象は、その「何か」が本質的に手の届かない場所にあるにも関わらず、そうではないと人々に錯覚させることで成り立つ文化であり、それを利用した一大ビジネスでもある。
    私はずっとそれを好きになれなかったし、今でもそうだ。
    しかし、それでも彼が、彼女が、「これが私の幸せ」と大量の握手券を握りしめて微笑むとき、それを否定できる根拠を私は持てない。
    多かれ少なかれ、誰しもが偶像を追っている。
    それが誰かによって作られたものなのか、自分で作り出したものなのか、おそらくその違いがあるだけだ。
    この作品を読みながら、私はずっとそんなことを考え続けていた。

    • 6
  3. 評価:4.000 4.0

    気軽に読める京極堂

    京極堂が「京極堂」になる以前、教師をしていた頃の話。
    本家のようなヘビーなテイストではなく、もう少し平和な類の謎を、中禅寺先生が解き明かす筋立て。

    この作者が漫画化した京極夏彦の作品はいくつか読んだのだが、ストーリーといい作品の雰囲気といい、原作の再現度が素晴らしく、「鉄鼠の檻」のレビューでは、原作小説にとってこれほど幸福な漫画化はそうないと思う、ということを私は書いた。
    本作は原作者に京極夏彦の名前はあるけれど、どうやら小説の漫画化ではなく、漫画オリジナルの話らしい。
    それにどこまで京極夏彦が関わっているのかはわからないが、こんなものを出すあたり、京極夏彦自身、この漫画家をよほど評価しているのだろうと想像される。

    京極夏彦の小説の難点として(まあそれは魅力と表裏なのだが)、どうしても「気軽には読めない」ということはあると思う。
    よくも悪くも、それが京極夏彦という人間の作家性であるし、京極堂シリーズの特性でもある。
    一見さんお断り、みたいなノリであり、それはまんま、京都のノリでもある。
    その点、本作は随分とハードルが低く、気軽に、手軽に読める京極堂、という作風を実現している。
    当然、それによって損なわれている部分もあるにはあるが、「ライトな京極堂」というのが本作のコンセプトなんじゃないかと思うし、それは成功していると言ってよいかと思う。

    • 53
  4. 評価:4.000 4.0

    ゾンビmeetsウシジマくん

    掃いて捨てるほどあるゾンビパニック系の作品だが、パリッとオリジナリティーがあって、面白かった。

    まず、時代性に乗っかったフットワークの軽さがいい。
    本作のゾンビウィルスは「噛まれなければ感染しない」というゾンビ界隈の伝統をあっさり破り、飛沫感染あり、とコロナウィルスの影響をもろに打ち出している。
    爆発的な感染によって起こる都市部のパニックもコロナのそれと重なるような作りになっていて、総理や都知事の造形なんかは「よくクレーム来なかったな」というレベルで現実に寄せている。
    ゾンビもので籠城と言えばスーパーマーケット、と相場が決まっているのだが、本作がラブホテルでの籠城、という舞台を選んでいるのも、何かこう、象徴的である。
    この舞台装置がまたなかなか上手く機能しており、キャラクターたちの背景とも相まって、独特の緊迫感を生んでいる。
    あくまで「今」の社会を描くんだ、という気合いは半端ではなく、本作にあっては、ゾンビはほとんどコロナのメタファーみたいな印象すら受けた。

    もうひとつ特筆すべきは、過剰なほどに殺伐とした作品の空気感である。
    「闇金ウシジマくん」の世界観にゾンビを持ち込んだ、と言えば、かなり作品の雰囲気が伝わるかと思う。
    これが実に魅力的で、こけおどしのグロ描写だけに依存するのとは全く別種の、「大人のゾンビ漫画」、と呼ぶに相応しい。
    いささか作り過ぎの感はあるにせよ、誰も彼も一筋縄ではいかないダークサイドを抱えて生きていて、特に病んだ地下アイドルの造形なんかは素晴らしいと思った。
    登場人物たちのバックグラウンドがきちんと描き込まれているだけに、彼らの激情が炸裂するシーンはほとんど感動的ですらあり、前述の地下アイドルの戦闘シーンなんかは「SLAM DUNKの山王戦かいな」と見まがうほどのドラマチックな緊張感とスピード感があって、マジでしびれてしまった。

    ゾンビ漫画の伝統を適度に打ち破りながら、このジャンルの歴史に新たな楔を打ち込んだ、新時代のゾンビ漫画。

    • 50
  5. 評価:4.000 4.0

    露悪のとことん逆を行く

    連作短編の話の作りとして、非常に上手い。
    リズムよく、簡潔で、それでいて性急な印象を与えずに、読み手の感情を爽やかに揺さぶる。
    いや、本当に上手だと思う。

    しかし、正直なところ、「男女のリアルな恋愛模様を描いた」というような作品ではない。
    もっとも、それはハナから意図されていないのかもしれないのだが、「いや、そうはならんやろ」という展開は結構ある。
    それは見方によっては、いわゆる成人漫画にあるような「男に都合のいい展開」にも映る。
    そして何より、こういう言い方はちょっと嫌なのだけれど、本当の人間はもっとずっと醜い、と私は思う。
    本作のように、性が絡むような場合は、特に、である。

    本作の登場人物たちは、いささか雑な表現をすると、みんな可愛い。
    というか、可愛すぎる。
    本当の私たちは、こんなに可愛くは生きられない。
    本作から著しくリアリティーを削いでいるのは、その点ではないかと思う。
    だが、その点こそがおそらく、本作の美点なのではないかとも思う。

    露悪的、なんていう言葉がある。
    本作がやっていることは、言ってみれば、その真逆だ。
    人間の美しい部分、爽やかな部分、可愛らしい部分ばかりをクローズアップして、作品に落とし込んだような漫画である。
    悪く言えば、安牌ばかり切っている、とも言える。
    そのような描き方を、例えば「人間の醜さから目を背けている」と非難するのは簡単だ。
    けれど、作者はきっと、そういうふうに描きたかったのだろう。
    描きたかったら、描くべきだ。

    リアリティーを犠牲にしながらも、本作が見せた「私たちがこんなふうに綺麗でいられたらいいよね」という切ない提示みたいなものは、私は嫌いではなかった。

    • 20
  6. 評価:4.000 4.0

    流石

    ネタバレ レビューを表示する

    私はこの作者を結構支持していて、現代における犬木加奈子の再来なんじゃないかと思っている。
    長編でも連作でもない、まるっきりの短編を読んだのは初めてだったのではないかと思うが、流石であった。

    ホラーにおいて、人間、特に子どもの「入れ替わり系」というのはひとつの話のパターンとしてあるのだが、それを綺麗にひっくり返して、狂気の所在を落としどころにもってくるその様は、シンプルながらもパリッとしていて、「これぞホラーの短編」という趣があり、満足であった。

    • 18
  7. 評価:4.000 4.0

    コンセプトアルバムとしての漫画

    個々のストーリーはちょっと小粒な印象を受けるものの、まるで一枚のコンセプトアルバムのような世界観、ポップでキュートな独特のホラーテイストは、なかなか魅力的だった。
    現代的なセンスに溢れる作品だが、センスだけで適当に転がしたような無機質さはなく、この作品世界がきちんと愛情をもって構築されているが感じられて、好感度は高かった。
    アルバムで言ったらボーナストラックでありリードトラックでもある、というような位置づけの「リビングデッド・ベイビー」はやはり頭ひとつ抜きん出ていて、素晴らしい。

    • 3
  8. 評価:4.000 4.0

    キュートでドライで潔い

    私の苦手な女性の殺し屋設定(そんなのいるわけねえじゃん、と思っちゃう)の漫画だが、なかなかどうして、面白かった。

    リアリティー、ない。
    作品の奥行きだとか、深みだとか、そういうことを言いだせば、まあ、正直、ない。
    にも関わらず、スピード感に溢れる美しいアクションと、キュートでドライな殺し屋少女の造形は、実に爽快感と清涼感に溢れていて、いやー、空っぽだけど、とても楽しい時間だった。
    印象としては、何も考えずに見られるスタイリッシュなアクション映画のそれで、「何もないこと」をストレートに楽しめる作品も、やはりいいな、と。
    そういうタイプの作品は、小手先のごまかしがきかない分、絶対的な力量・技量が、如実に作品に表れる。
    その点、お見事である。

    だいたい、タイトルが潔くていいじゃんか。
    大して深いものなんか何もないのに、「何かありそう」なことを標榜する作品が巷に溢れる中、「いや、バイオレンスとアクションしかないっすよ」という堂々たる提示は、賞賛に値する。

    • 10
  9. 評価:4.000 4.0

    錦のように、鳥のように

    ネタバレ レビューを表示する

    ざっくり言うと、感情と日常生活に関する知識が欠落した超能力少女が、殺し屋をさせられている、という話。
    主人公の少女は自らの左目(普段は眼帯で隠している)を見た相手を精神世界みたいなところに引きずり込む能力を持ち、その世界において無敵である(映画「エルム街の悪夢」とか、ジョジョ第3部の「デス13」みたいな感じをイメージしてもらえるといいかと思う)。

    舞台は1970年代で、話は毎回、主人公が他の子どもたちと昭和の遊びに興じる前半と、精神世界において残酷にターゲットを葬る後半に分かれている(殺し方には、主人公が前半で学んだ遊びの方法が反映されている)。
    正直、読み始めたときはいささか退屈だった。
    ほのぼのとした前半と、シュールで悪夢的な後半のギャップが魅力のひとつなのだが、「それだけでしょ」と思ったのだった。

    だが、読み進めるうちに、印象が変わった。
    登場人物たちが皆、何かしら痛みを背負っていて、その真摯な描き方に優しさを感じた。
    それは、家庭環境の問題であったり、差別の問題であったりするのだが、ここで重要になってくるのが、時代性である。
    1970年代という時代・社会を生きていた人々の、ともすれば現代の我々からは縁遠い種類の傷が、妙にひりひりと刺さる。
    その時代性、そして普遍性の価値。
    私は昔ブルース・スプリングスティーンが好きで、今でもときどき聴くのだけれど、傷ついた人々に静かに寄り添うこの漫画の立ち位置は、何だかブルース・スプリングスティーンの歌を思い起こさせた。

    ちょっと残念だったのは、おそらく打ち切りで、ラストが駆け足になってしまったことだ。
    ただ、そんな中でも、決して雑にならない終幕と、何よりも、おそらく作者がこの漫画の中で一番描きたかったのであろう台詞、「私の心は私のものよ」という主人公の台詞には、シンプルだけれど、やはりグッときた。

    ぼろは着てても心は錦、なんて言葉がある。
    その言葉の是非はともかく、どれほど困難な世界において、どれほど過酷に生きているのであれ、心だけは、自由であることが出来る。
    だから、心は素晴らしいのだ。
    私はそう思うから、この漫画を全面的に支持する。

    • 7
  10. 評価:4.000 4.0

    純粋ってなあに

    ネタバレ レビューを表示する

    バイト先の店長と不倫中の主人公。
    主人公に恋心を抱く不登校の少年。
    その少年は店長の息子。
    店長の妻はうつ病。
    息子の不登校の原因は幼馴染のストーカー。
    という有様で、もうこれどうすんだよ、と気が重くなるが、なかなか読ませる。

    幼馴染の独善的な暴走は狂気じみているが、実のところ、一番タチが悪いのは主人公だと思う。
    いわゆる「純粋」タイプに分類される主人公というのは漫画にはよく出てくるし、基本的に作品はそれを肯定的に描く(だからこそ主人公になり得る)わけだけれど、本作は、違う。
    明らかに本作は、そこに悪意を持って描いている。
    主人公の「純粋」の正体は、病的な八方美人、嫌われることに対する異常な恐怖心である。
    だから、不倫相手の家に上がり込んで妻をカウンセリングする、などということが平然と出来る。
    信条とか尊厳とかいう観念自体がないから、自分の行為が相手に対して持つ意味が理解できない。
    店長みたいな馬鹿な男がそれを「純粋」と感じるのは好きにしたらいいが、こんなもの、本質的には純粋と何の関係もない。

    一見すると「純粋で可愛い漫画の女の子」のようにヒロインを描きながら、実のところ、変則的な形の自己愛にまみれた人間の薄気味悪さを、確信的に描いている。
    そこが、凄い。

    自己愛でもってわかりやすく他人を踏みにじっているのが、幼馴染のストーカー。
    自己愛でもって自らの欲望の醜さを欺き、自己正当化に終始しているのが、店長。
    無自覚で悪意なき自己愛によって、周囲を巻き込みつつ泥沼(泥濘どころの話じゃない)に落ちていきながら、落ちてゆく自覚すらない主人公。
    おいおい、どうすんだこれ。
    というわけで、今後も目が離せない。

    • 77