クスノキの番人:東野圭吾作品 なぜ初アニメ化 アニメでしかできない表現
配信日:2026/02/01 8:01
東野圭吾さんの小説が原作の劇場版アニメ「クスノキの番人」が1月30日に公開される。これまで数々の“東野作品”が実写映画化、ドラマ化されてきたが、アニメ化されるのは意外にも初めて。「クスノキの番人」は、累計発行部数が100万部を突破した人気作で、アニメは「ソードアート・オンライン」「僕だけがいない街」などで知られる伊藤智彦さんが監督を務める。なぜ、アニメ化されることになったのか。アニメを手掛けるアニプレックスの若林豪プロデューサーに聞いた。
◇映像化したくなる東野作品の魅力
「容疑者Xの献身」「白夜行」「ナミヤ雑貨店の奇蹟」「流星の絆」「ガリレオ」などこれまで実写映像化された“東野作品”は枚挙に暇がない。しかもどれもヒット作、話題作だらけだ。プロデューサーとして、“東野作品”の魅力をどのように感じているのだろうか?
「プロデューサーであれば、誰しも仕事をしてみたい原作者だと思います。とにかく登場人物が素晴らしい。主人公だけでなく、脇役にも人生がある。物語上、脇役だけど、その人生ではその人が主役だと分かるんです。各々の登場人物が、自分の最善を求めて行動している。物語の型にはまって行動しているのではなく、あたかもその人が存在しているようにも見えるほど生き生きしています」
「クスノキの番人」は、理不尽な解雇により職を失った青年・直井玲斗が、謎多き“クスノキの番人”となり、さまざまな事情を抱える人と出会う……というストーリー。アニメ化を提案したのは、東野さん本人だった。
「普通に考えるとやっぱり実写になるのが先、となるかもしれません。ただ、今回はアニメ化できるチャンスがあったんです。『クスノキの番人』が出版される前、2019年頃から、東野先生の作品をアニメ化する企画が動いていました。2020年の頭に『クスノキの番人』が刊行され、東野先生サイドから『アニメの方が向いているのでは』というお話をいただきました。『クスノキの番人』は、ヒューマンドラマであり、ファンタジーとして描く余地のある作品です。力のある絵、説得力のある絵にできる、アニメ化する意義のある作品だと感じました」
◇主人公らしくないが…
“ファンタジー要素”とは、神秘的なクスノキの存在で、アニメ化のキモになってくる。小説と視覚や聴覚を伴うアニメでは表現も違う。アニメ化にあたり、方向性を定める必要があった。 「エピソードが多い物語でもあるので、映画として翻案する際にどう整理するのかが一つの課題でした。脚本の岸本卓さんとプロット作業に入る前に、数カ月話し合いを重ねました。ここで方針を決めたことには、非常に価値があったと思っています」
この作品で重要になる玲斗は、アニメの主人公らしくないところもある。玲斗は、職を失い、追い詰められた末の過ちで逮捕されてしまう。
「玲斗を魅力的な主人公にしたいと考えていました。玲斗は特別な能力や特技があるわけではありません。共感できるような目標や意志、志もない。いわゆる典型的なアニメの主人公とは真逆です。初期の構想段階では玲斗を魅力的に描くことが大きな課題だったんです。テレビシリーズであれば、毎話見てもらわないといけないので、早い段階で主人公を魅力的に見せないといけない。視聴者が離れていくリスクがあるからです。対して、今回は一本の映画です。玲斗が変化していく物語を一度にじっくり見ていただけます。これはチャレンジですが、良い映画にできるチャンスとも思っていました。実は、東野さんのほかの作品をアニメ化することも検討していたのですが、『クスノキの番人』は、玲斗という存在を考慮しても一番可能性を感じられる作品でした」
玲斗は、恵まれない境遇に諦めを感じている。いわゆる“負け組”として登場するが、勝ち負けの二項対立に意味があるのだろうか? そんなことも考えさせられる現代的なキャラクターにも見える。
「企画が始まった2020年のメモを見ると『親ガチャ』『上級国民』など当時話題になった言葉を書いていました。当時の世相を表すような言葉が関連する物語、キャラクターなのかもしれません。犯罪によって捕まるところから物語が始まるのですが、当時は、こんなに軽く犯罪に走る心情がなかなか理解しづらいとも感じていました。ただ、ここ数年、軽い気持ちで若者が犯罪を起こしてしまったニュースが増えています。そういう時代になってしまった。時代の方が合ってしまったキャラクターなんです。このアニメに登場する3人の若者には、前の世代から何かを受け取るという共通の物語があります。そして前の世代は次の世代に何を残すのかもテーマとしてあります。今の社会を見ると、若い人が減っていますし、前の世代から受け継ぐことが、どんどん大変な時代になっている。実はみんなが考えなければいけない課題です。伊藤監督が初期に書いたメモの中に『いきがい』というキーワードがありました。この言葉に後世に何を託すのか、あるいは若い人たちは前の世代から何を受け取るのかを考える、一つの鍵があるような気がします。アニメ制作においても、先人たちが残してくれた豊かな財産があり、僕や僕より若い世代はそれを継承していく。そういったテーマもこの映画の中にあると思います」
東野さんが時代の空気を敏感に読み取り、玲斗という主人公を誕生させたことが分かる。ただ、玲斗は成長していく。逮捕され「依頼人の指示に従うなら、釈放する」という弁護士の条件をのんだ玲斗の前に、大企業・柳澤グループの発展に大きく貢献してきた柳澤千舟が現れる。千舟は、亡き母の腹違いの姉で、月郷神社にたたずむクスノキの番人になることを指示する。クスノキには不思議な力があるようで、やがてその謎は、玲斗の人生をも巻き込みながら、思いもよらぬ真実へと導いていく。
アニメ化することで、玲斗と千舟の“家族の関係”によりフォーカスしたようにも見える。父の秘密を探る佐治優美、和菓子老舗メーカーの跡取り息子の大場壮貴、家族に秘密でクスノキの祈念に通う佐治寿明など魅力的なキャラクターも登場するが、玲斗と千舟以外のキャラクターの魅力が損なわれているわけではない。
「プロットインする前の数カ月の検討期間に、玲斗と千舟の物語を本線にするという明確な方針が決まりました。寿明、優美の親子と壮貴の筋も本線に次ぐ重要な筋と位置づけようとしました。原作から一部アレンジして玲斗とのリンクがより強まるような形にしています」
◇伊藤監督の最高傑作
アニメは、描かれているものに全て意味がある。当たり前のことではあるが、緻密な設計により細部までこだわり抜いた「クスノキの番人」を見ると、改めて感じるところもある。アニメならではの表現にあふれ、アニメ化する必然性も感じる。
「伊藤監督は、よくここまでやってくれたと思っています。フィルムの表面上もアニメーションとして非常に優れたものになっており、表面には出ていない思いやテーマも非常に練られたものになっています。表現もアニメならではの技法を駆使しています。アニメ的な誇張表現があれば、手描き感が強調された表現、水彩画のような表現などさまざまなアニメーションのスタイルを使い分けています。でも、そんなに違和感なく見られてしまうはずです。表現手法に揺らぎを持たせながら、一本の物語として自然に見せられるのはアニメの強みであり、伊藤監督の演出力によるところも大きいと思います。ファンタジーとして描く余地がある作品とも話しましたが、実写でこのような表現は難しいでしょうし、また違う形になるのではないでしょうか」
リアルとファンタジーのバランスも絶妙だ。クスノキは神秘的な存在として描かれている一方、街の表現などはリアルで、対比も見えつつ、共存していることに違和感がない。美術監督の滝口比呂志さんの職人の技が光っている。
「クスノキと玲斗が描かれたビジュアルを先に発表しましたが、この絵が上がった時、伊藤監督から『携帯ではなく大きな画面で確認してほしい』と言われたんです。クスノキが細かく描き込まれていて、情報量がすごかった。これは大変なものができてしまった、映画本編はどこまでいくのか……と思いましたが、本編も本当にすごいものになりました」
マンガ「ブルーピリオド」などで知られる山口つばささんが手掛けたキャラクターデザインも大きな魅力となっている。リアリティーとマンガ、アニメ的な表現が融合した唯一無二のデザインだ。
「日本を舞台にした現代劇、老若男女が出てくる作品で、キャラクターを魅力的に描き分けられる方ということで、山口さんにお願いしました。最初に山口さんからラフデザインが上がってきた時、伊藤監督が褒めていたのは各キャラの後ろ姿も描いていたことでした。後ろ姿に存在感があるんです。背中は生き様が出ますし、その人物を象徴するものでもあるので、最初から後ろ姿を描いたということは、山口さんも大事だと思っていたんだと思います。本作では山口さんと板垣彰子さんの二人にキャラクターデザインをしていただきまして、山口さんが先に主要キャラを描きました。板垣さんにはその他キャラを含め、全登場人物をキャラクター設定としてデザインしていただいています。」
玲斗役の高橋文哉さん、千舟役の天海祐希さんに加え、佐治優美役の齋藤飛鳥さん、大場壮貴役の宮世琉弥さん、佐治寿明役の大沢たかおさんら豪華声優も話題になっている。
「伊藤監督は、早い段階でメインキャラクターは実写作品で活躍している方にお願いすることを決めていました。大変素晴らしい方々に集まっていただきましたが、このメンバーだったら実写で見たい、という声もスタッフからはありましたね。それはある意味、本質であって、伊藤監督は、それぞれのキャラクターに合う役者、という視点で選んでいるんです。加えて今回、伊藤監督は、音響監督も初めて兼任しています。私は前職が東映アニメーションなのですが、伝統的に監督が音響監督を兼任することが多いので、なじみがあるし、好きなスタイルです。伊藤監督が、やりたいって言った時、見たいと思いました。伊藤監督のメンターであり、東映アニメーション出身の細田守監督もそうされていますし、伊藤監督は細田監督のようにやってみたいという気持ちがあったんだと思います。その気持ちが分かりますし、今回の仕上がりは監督兼音響監督としての演出が非常に出ていると感じています」
若林さんは「伊藤監督の最高傑作になった」とも語る。
「伊藤監督らしさが最も出た作品になったと思います。初号試写の時、客観的に見て、要素が多い作品だけど、さまざまな要素を入れ込みながら一本の映画としてまとまったと感じました。感動的な良い映画になりました」
◇日本のアニメの強み
昨年は、複数本の劇場版アニメの興行収入が100億円を突破した。日本のアニメは海外での需要も高まっている。そんな中、マンガ原作ではなく、激しいバトルがあるわけでもなく、異世界にも転生しない「クスノキの番人」は異色なのかもしれない。
「私もマンガ原作、とりわけ注目を集めている少年マンガ原作の作品を手掛けています。大事なことですし、これからもやっていくつもりですが、ドラマの多様性という意味では、『クスノキの番人』のような作品も非常に大事だと思うんです。青年の成長を描くけれども、努力して勝利をする要素はない。目に見える勝利という形ではない成長を描いています。年老いたキャラクターの思いもしっかり描いています。『クスノキの番人』のような作品を制作できるのも日本のアニメの強みだと思います。日本のアニメがこれまで積み上げてきたものがあるから、こういった物語を描くことができる。この物語があってよかったと思っていただける観客の皆さんもたくさんいると私は信じています。絶対にやる意義があるし、今後もやっていきたい種の作品なんです」
「クスノキの番人」は、日本のアニメの多様性を象徴するような作品なのかもしれない。若林さんは海外にもこの作品の魅力を伝えていこうとしている。
「早い段階から海外展開に動いています。アメリカ、ヨーロッパは、細田監督の作品の海外展開を手掛けている会社であるシャレードさんが担当していて、アジアはアニプレックスが展開していきます。『クスノキの番人』はアート的要素と商業的要素の両方がある希有な作品です。神社やご神木のクスノキというモチーフは日本的です。それが、現代に生きる人たちに影響を及ぼすところも極めて日本的です。だからこそ、海外の方にも届けていこうとしています」
「クスノキの番人」は、国境や言語を越えるような普遍性のある作品。さらに、現代ならではの問題も描かれ、アニメならではの豊かな表現も魅力になっている。国内のみならず世界中の人々の心を揺さぶるはずだ。(阿仁間満/MANTANWEB)
提供元:MANTANWEB










