アークナイツ【焔燼曙明/RISE FROM EMBER】:映像作品としての密度や付加価値を 絵画的な構図の美しさも 渡邉祐記監督インタビュー
配信日:2025/08/24 8:01

人気ゲーム「アークナイツ -明日方舟-」が原作のテレビアニメの第3期「アークナイツ【焔燼曙明/RISE FROM EMBER】」がTOKYO MXほかで放送されている。動きと静の緩急や光と影のコントラスト、緻密な質感などYostar Picturesによる美しい映像が話題になっている。アニメを手掛ける渡邉祐記監督に制作の裏側を聞いた。
◇1,2期と3期の内容は相互に補完し合う
--ゲームを含めて「アークナイツ」の魅力をどのように考えていますか?
切り口によって複数挙げられるとは思いますが、とりわけ大きな要素として、作品内容を咀嚼する楽しみ方を提示している点があると思います。私個人の認識ですが、コンテンツの消費速度が世界的に加速し続けていることに強い懸念があり、作品とじっくり向き合う楽しみ方自体を知らない人も増えているように思います。コンテンツを制作をする側も無関係ではいられず、即時的な快楽の提供に失敗すれば淘汰されてしまう。そんな時代の流れの中で「アークナイツ」という作品は特異な構造をしており、プレーヤーが時間をかけて一つ一つの情報を咀嚼していくゲーム体験を念頭に作られていると感じました。
ゲーム制作について私は門外漢なので飽くまで外から見た印象に過ぎませんが、試行錯誤を繰り返し戦略を練って目標達成を目指すストラテジーゲームとしての側面から、多層的に描かれる人間ドラマや壮大な世界観といったストーリーテリングの部分まで、作品と深く長く向き合った人ほど大きな喜びを得られる作りになっているのだと思います。映像化するにあたって、我々アニメスタッフも視聴者に作品を咀嚼してもらう構造を重要視しており、原作再現だけに留まらず映像作品としての密度や付加価値を織り込めるよう制作に臨んでいました。繰り返し見る度に、物語をより深く理解し楽しむことができる、そういった魅力を提示することができていれば幸いです。
--長く続くシリーズですが第3期はどのような位置付けの作品と考えていますか?
少し長くなってしまいますが最初から説明すると、1期では視聴者が主人公であるドクターやアーミヤ、あるいはミーシャの視点と同化して、世界観に没入できるようリアルタイム感を強く意識した映像になっていました。不要な回想や神の視点の説明的なカットは可能な限り排除し、目の前で起こっている出来事を追いかけていく構成です。ドクターの代わりに物語の先頭に立つアーミヤが、自身の行動を御しきれず物語を牽引していく主人公としての力を失う、目覚めたばかりで何も知らないドクターが、アーミヤの精神的な支柱であることを自認し主人公として独り立ちを始める、二人の相反する結末に、1期の独立した物語の終点と、シリーズ全体の物語の始点を重ね合わせた形になります。
2期でも引き続き没入感を意識した画面作りにはなっていますが、登場人物たちの回顧によって記憶の回想が少しだけ混ざり始め、視聴者が視点を同化させる人物の数が大幅に増えてゆくことになります。ロドスと敵対していたレユニオン幹部や兵士たちの視点にも立つことで、名も顔も描かれないモブ一人にいたるまで、陣営関係なくそれぞれが自身の命を生きる主人公であることが示されます。そういった「個」を描く狭い範囲の人物描写が多数折り重なり、足元に広がる大きな「組織(全体)」の思惑が直接描かれずとも輪郭を現し始める構成になっています。そして、リーダーであるアーミヤはチェンと、指揮官であるドクターはフロストノヴァと、異なる組織に属しながらも立場を同じくする人物たちとの関わりの中で成長し、物語にとっての主人公性を改めて獲得するに至りました。
物語構造の普遍的な要素といえる“主人公の成長”に限れば、この作品は2期終了時点で一つの完結を迎えたことになります。では、3期で描かれるものは何か。他者の記憶を読み取ることができるアーミヤの能力と合わせて、3期では過去や記憶を主要なモチーフとし、回想演出を前面に押し出す構成となっています。現在軸の描写を強調した2期までとは明確に異なり、過去の景色を映し出す映像がとても多いことが分かると思います。過去とは触れることも変えることもできない事実。同時に、過去は現在に向かって容易に手を伸ばし、登場人物たちの精神や行動に強く影響を与えます。
視聴者には記憶の持ち主の視点と同化して過去を追体験していただくわけですが、体験と言うより、心の中を覗く、と言ったほうが近いかもしれません。それは2期までの描写で意図していた没入感とは全く別種のものです。記憶の内容に順序はありますし映像作品としても時間軸を追って描きますが、記憶自体は時間軸に関係なく脳内に同時に存在し当事者の在り方を形成しているため、視聴者は記憶の持ち主に蓄積された膨大な情報に晒されることになります。おそらくですが他者の記憶が流れ込んできた際のアーミヤに近しい体感を得ることになるのではないかと思います。同時に、過去=心をのぞくとはその人物を深く知ることであり、回想描写を視聴すること自体が他者理解という行為そのものです。
毎話少しずつ明かされていく過去の出来事から、タルラを中心にそれぞれの登場人物に対する理解を深めてもらうことで、何故こうなってしまったのか? あの時どうすればよかったのか?という、現在軸へ至る過程への疑問と命題を提示しています。ほんの少しだけ違う道を歩むことができていれば、タルラもレユニオンも別の形で存在することができたのではないか。あるいは、2期までで描かれたロドスの物語も数ある結末の中からたまたま選び取られたものに過ぎず、ドクターがいなければ主人公性をはく奪されたまま物語の先頭に立つことができないアーミヤが存在したかもしれない。もしかしたらこの先、仲間の犠牲をも顧みないという冷酷な自分を取り戻してしまい、大勢の血が流れるよう仕向けるドクターが現れるかもしれない。どの道を選びどう行動するべきなのか。何を根拠にして意志決定をすればよいのか。3期で新たに提示された命題は難解で明確な答えも出しづらいものですが、シリーズを通して登場人物たちの言葉の端々に手がかりとなるような言葉が含まれています。
1,2期と3期の内容は相互に補完し合う関係にあり、最終話まで視聴することができたなら、もう一度1話に戻って観返してみていただければと思います。同じシーンでも初見とは異なる見え方になっていたり、何か発見があるはずです。
◇シネマスコープサイズに狙い
--横長のシネマスコープサイズにした狙いは?
夢のある話と夢の無い話の両方から説明します。まず夢のある話でいくと、横に広い画面というのは世界の広がりを見せやすいという演出的なメリットがあります。アニメ作品で一般的な16:9の画面よりも横に広い分、一度に映せる人間の数が多くなったり、建物や自然物の横幅をより広く映せたり、あとは向かい合った人間を横から撮った時の距離感であるとか、パノラマ風の画面を作りやすかったりなどなど……瞬間的に目に飛び込んでくる景色の距離感、規模感を広く大きく見せることが容易になります。
「アークナイツ」は遠景にいたるまで世界観をしっかり描くことが求められる作風のため、シネスコの画面がとても適していました。また、上下に黒帯が入ることで映画っぽい雰囲気、言うなれば高級な印象を引き出しやすい点も大きなメリットとなります。
夢の無い話としては、スタンダードサイズ16:9の画面の上下に黒帯が入るということで、単純に画面に映る絵の面積が減っているわけです。1期の制作を準備していた当時、作画面での人的リソースが全く足りておらず、十分なクオリティーのキャラクター描写を保ち続けられないことが予想されたため、画面に映る面積を減らすことで修正する箇所を減らしたり、そもそも画面に映らない範囲でクオリティーの低いパーツは修正無しで通せたりなど、上下の黒帯は諸々都合がよい側面があることから採用しました、というわりとシビアな事情もあったりします……。
--引きが多いなどカメラワークも印象的です。カメラワークを含めて緊張感のある画作りが印象的です。映像表現で大切にしたことは?
引きの画という点でいうと、被写体とカメラの距離感は、登場人物の心情描写に直結します。心が大きく揺れ動いたりした際に、人物に寄って撮るかどうかはシチュエーションで決まったり演出家の趣味趣向に左右されたりしますが、思いきりカメラを引いて登場人物を小さく映すことで、むしろキャラの心情に近く寄り沿う効果が得られることもあります。あとはさりげなく遠くから見守る視点であるとか、否定的な感情で冷たく見据える視点であるとか、主観視点となっている人物と被写体の人物との精神的な距離感や断絶を描くこともできます。
今作では、そういった引き構図の利点を活かせる場面が多かったと思います。ある程度セオリーに従っている面はありますが、私と副監督でも全く違う作り方をしているので、見比べてみるとまた違った楽しみ方ができるかもしれません。
映像表現としては、FIX(フィックス)の画面、つまりカメラを動かさずに被写体を映す演出を強く意識しています。これに関しては私個人の意図による部分が大きく、他の演出陣にもお願いしシリーズ全体を通して徹底していると思います。手描きアニメという媒体の利点として絵であることを最大限生かししたく、FIXでの絵画的な構図の美しさを重要視しています。
映像ではあるため、前後カットやシーン全体へ連なる力の流れ・導線、心情に沿った明暗の面積比とカット順による変化、画面占有率によるパワーバランスをコントロールしつつ、いかに一枚の絵としても美しい構図を作れるかを意識しています。
空間表現のディティールが伴わなければなかなか難しいところではありますが、今作では物体の材質まで緻密に描かれた美術であるとか、空気の厚みを表現した撮影処理をのせていただいたりなど、カメラをわざわざ振らなくても十分に情感を描くことができていて、非常にありがたい限りです。
--Yostar picturesの強みをどのように感じていますか?
(自分が属しているラインのことしか分からないので限定的な話ですが)非常にフラットな現場であることだと思います。畑(岳央)プロデューサーの意向もあり、言いたいことがあれば誰でも気軽に相談できる環境がある、という話ですね。
当人の意向が反映できるかどうかは状況次第ではありますが、まずはベストな選択肢を一緒に考えてみようとなります。発言したり意思表示をすること自体にも意義がありますし、実際「アークナイツ」の3期では社内のアニメーターから提案があったことでアクションシーンに一味加えることができた話数もありました。社内スタッフがこの数年でものすごく成長してくれたおかげで各話の重たい見せ場をしっかり立たせることができたのですが、より良いものを作るために考え行動することができる場所だからこそなのかなと思います。
提供元:MANTANWEB