ペリリュー -楽園のゲルニカ-:原作者・武田一義が作品ゆかりの地で講演 子供たちと平和を考える
配信日:2025/08/08 20:11

太平洋戦争の激戦の地、ペリリュー島を生きた若者たちを描いた武田一義さんのマンガが原作の劇場版アニメ「ペリリュー -楽園のゲルニカ-」(久慈悟郎監督、12月5日公開)。原作者の武田さんが8月6日、茨城県立水戸第一高等学校・附属中学校で行われた講演「パブリックリーダースクール2025」に登壇し、生徒たちに作品に込めた思いを語った。
茨城県水戸市は、ペリリュー島の戦いの守備の要だった水戸二連隊があった作品と関連の深い場所でもある。武田さんは、ペリリューの戦いを描いたきっかけなどを語り、生徒たちとの質疑応答を通して、戦争を描き続けるマンガ家として平和を考える時間を過ごした。
マンガ「ペリリュー -楽園のゲルニカ-」を描こうと思ったきっかけを聞かれた武田さんは、今から10年前、終戦70年の際に当時の天皇皇后両陛下(現上皇・上皇后)がペリリュー島に慰霊で訪れたという報道を見たというエピソードを語り、「皇室の方々が行かれる場所なのに自分は知らなかった」と、ペリリュー島の戦いに興味を持ったという。ペリリュー島の戦史研究家の平塚柾緒さんから実際に聞いた話をもとに、歴史だけでなく、当時の文化についても取材、勉強をしながら執筆を決めたと説明した。
「ペリリュー」を描くにあたって大変だったことを聞かれると、「当時のことを知ることが大変で、実際に起きた戦争のことについて知ることや、当時のことは生き残った方からの証言から知っていくこと、そして描き記されなかった“当時の当たり前のこと”を知ることが大変だった」と戦争そのものだけでない細部までこだわったことについて語った。
キャラクターたちの誕生秘話についても語り、主人公で頼りないが優しい性格の田丸、その相棒の兵士として優秀な吉敷は同時に誕生したという。「どちらか片方だけでもダメで、戦場で勇敢に戦う主人公も必要で、立派に兵士として戦うこともできない主人公も、どちらもいるだろう」という考えから2人のキャラクターが生まれた。作中では、対極のように見えるが「生きて故郷に帰りたい」という気持ちは同じ若い兵士2人が友情を育んでいく。
2人の対比として、「戦争でお国のために死んでしまっても構わない」という考えのキャラクターが必要と感じ、生まれたのが上官の島田だった。武田さんは「『ペリリュー』は戦争の中でそれぞれがどう向き合ってくか、その違いからそのほかのキャラクターたちがどんどん生まれていきました」と語る。
「ペリリューを読んでくれた人は分かるかもしれませんが、このキャラクターたちが戦争の中でどうやって生きて、どのように死んでいくか、読み進めていくにつれて追わずにはいられない、そうなるように描いていきました。キャラクター一人一人が愛され、友達の一人のように思ってもらえるように。今の人から見ても違和感のないように、感情移入できるように気を付けて執筆したつもりです。そうすることで、戦争の中で動くキャラクターたちに対しても“友達のことだから読まなきゃ”と意識してもらえるようになればと工夫しました」と、キャラクター描写へのこだわりを生徒たちに語った。「『ペリリュー』もそうですが、僕は決して楽しくない題材を描きたくなってしまいます。社会に感じている問題とか……楽しくない話題をどう楽しく読んでもらうかを考えながら描いています。難しいことを描きたがるけど、ちゃんとエンターテインメントになるように心がけています」と話した。
“戦争や平和、戦争に対する思い”を問いかけられると、「僕は戦争のマンガを描いていますが子供の頃から興味があったわけではなく、むしろ戦争の話を聞くと居心地が悪いと感じていました。悲惨な体験などを聞くと平和な時代に生きていること自体が申し訳なくなるような気持ちになってしまっていました」と前置きし、生徒たちに向けて「今の自分の人生や世の中を素直に平和だと思えますか?」と投げかけた。
生徒の中には首を横に振るリアクションも見られ、「平和って何だろうと考え始めて、大人になって、戦争を知るとその対義語としての平和は理解できる。例えば水道をひねれば水が出る、病気になったら病院に行ける、犯罪が起きれば警察が逮捕するとか、そういった今身の回りにある“当たり前”は戦争になったらなくなってしまうんですよね。つまり平和って、理想的な状態ではなく最低限の状態なんだと思います。僕たちはその最低限の平和というのを守っていかないといけない。そこから先の長く続く世の中は理想を追うことだと思っています。戦争は最低限すらないどん底の状態で、僕らは理想ではない世の中で、理想に向かって生きていくべきなんだろう。そういうふうに考えられた時に、平和って言葉をすんなり受け入れられました」と思いを語った。
同日、茨城県庁では、会見が行われ、武田さん、茨城大学人文社会科学野の蓮井誠一郎教授、筑波海軍航空隊記念館の金澤大介館長、東映の石川啓プロデューサーが登場した。水戸と縁深い「ペリリュー」の話題を中心に、それぞれが作品への思いや各施設での取り組みについて語った。
石川プロデューサーは、「東映は戦後できた会社で『きけ、わだつみの声』や『男たちの大和/YAMATO』などずっと戦争映画を作ってきた経緯があり、多くの方に見ていただき、会社としても重要なジャンルという位置づけです。自身でも戦争を題材にした映画をプロデュースしたいと思っていた時にちょうど見つけたのが2018年当時4巻まで出ていた『ペリリュー -楽園のゲルニカ-』でした」と振り返った。「戦争映画は年配の方がご覧になるということが多いのですが、『ペリリュー』はマンガ原作で可愛らしいビジュアルをアニメ化することで、若い世代の方や女性など、これまで戦争映画を敬遠してきた人にもご覧いただけるようにしていくのがこの作品の重要な意義と思っています」と意図が語られた。
武田さんも、執筆のきっかけとなるエピソードに加え、「当初は戦争というものを未来に描き繋いでいくということになるとは意識していませんでした。あくまで自分が描きたいと思いだけで始まった作品でしたが、執筆や取材をしたり、されたりを重ねていくうちに、いかに戦争の記憶を語り継いでいくか、興味を持ってもらったり伝えていく難しさを知りました。今、本編11巻、外伝4巻を描き終えて思うことは自分一人ではこうはならなかった。映画も同じで、多くの方の手を借りてここまで進んできてようやく発表できるということになって、これもまた作品が自分だけのものでなく、多くの人のものになっているということだと思います」と語った。
「ペリリュー -楽園のゲルニカ-」は、1万人の日本兵が送り込まれ、生き残ったのはたった34人といわれる太平洋戦争の激戦の地、ペリリュー島を舞台に、マンガ家志望の兵士・田丸の視点で、戦場を生きる若者の姿が描かれた。マンガ誌「ヤングアニマル」(白泉社)で2016~21年に連載され、2017年に第46回日本漫画家協会賞で優秀賞に選ばれた。スピンオフ「ペリリュー外伝」も連載された。
アニメは、「魔都精兵のスレイブ」などの久慈さんが監督を務め、「ドラえもん」「クレヨンしんちゃん」などのシンエイ動画と、「ドッグシグナル」などの冨岳が制作する。原作者の武田さんと西村ジュンジさんが脚本を手掛ける。俳優の板垣李光人さんが心優しいマンガ家志望の主人公・田丸均、中村倫也さんが田丸の頼れる相棒・吉敷佳助の声優を務める。
提供元:MANTANWEB