『イノサンRougeルージュ』作者・坂本眞一さん×歌手・中島美嘉さん対談 ~「めちゃコミ」版~
更新日:2017/12/20 10:00
坂本眞一(左)/中島美嘉(右)
歌手・中島美嘉さんは、書店で偶然『イノサン』に出会い、全巻一気買い。その日に3回読み直して、新編『イノサンRougeルージュ』も追いかけ続けている。『主人公マリー-ジョセフが好き』とライブでも公言するほど熱狂的なファン。今回、作者・坂本眞一さんと対談が実現! 最前線の表現者同士の語る作品の魅力とは…!? 作品と彼女の意外な接点とは…!?
- 青年漫画 イノサン
- 4.1 (588件)
『イノサンRougeルージュ』×歌手・中島美嘉さん
ーー中島さんが『イノサンRougeルージュ』を好きになった理由はどんなところでしょうか?
中島美嘉(以下、中島):私は、もともと”実際にあった怖いお話”の本が大好きでよく読んできたんです。それで『イノサン』が、「フランス革命で国王ルイ16世を処刑した死刑執行人」て実在の人物がモデルというので、もうこれ、きたーって感じでした。マリー-アントワネットは誰もが知ってても、代々死刑執行人を輩出してきたサンソン家というのは知られていないし。私自身は、ずいぶん前に、小説でサンソン家のことを読んでいました。あと、実際に行われていた拷問や死刑が全部書かれている「拷問全書」「死刑全書」といった本も持っているぐらいで、『イノサン』は、私の興味に完全にリンクしたんです。
『イノサンRougeルージュ』×歌手・中島美嘉さん
坂本眞一(以下、坂本):残酷な表現とかには抵抗感はなかったですか?
中島:いえ、むしろ好きって言うと語弊がありますけど、よくぞ綺麗な絵で表現してくださったと嬉しかったんです。
坂本:この作品は凄惨な場面もたくさんあるんですけど、やっぱり「美」というものを同時に描き切るのが今回のテーマでもあったので、その言葉は嬉しいです。僕は、同じ人間がここまで残酷なことができるというその行為に興味があったんです。善悪すらわからなくなるような感覚。人間だから道徳的な生き方ができるとかじゃなくて、こういう恐ろしい一面も兼ね備えているという奥深いところにスポットライトをあてたいと思ったんです。
中島:私は、人の怒りとか悲しみ、苦しみみたいなものは、自分が担当しようと思っているところがあって、ライブでも、「今日は思い切り悲しみや苦しみをぶつけてきて」と言ったりしているんです。それもあって、死刑とか解剖とか人間の精神とか、人の心や中味をえぐることに昔から興味があったんです。結局、自分のもえぐっちゃうんですけどね(笑)。
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ーー『イノサン』9巻のあと新編の『イノサンRougeルージュ』に入っての感想は?
中島:まず、「Rouge」ってどういう意味なんだろうって、混乱しながら勝手に想像して楽しんでました。たぶんマリーの人気が出てしまって、よくある映画のようにスピンオフしたんだなと思ってたんですけど(笑)。
坂本:…よくある(笑)。実は、自分自身に妻や娘ができたことによって、女性の視点が自分の中にもできてマリーは生まれたんです。前作、『孤高の人』に取り組んでいた時から描こうと思っていたキャラクターでもあって。だから実際は、1巻目からマリーは登場していて、のちに主人公となっていくことは、最初から仕組んでいたことなんです。
ーー中島さんが「大好き」とおっしゃるマリー-ジョセフの魅力はどういったところにあるのでしょう?
中島:私の勝手なイメージですけど、マリーって、ただ残酷なことが好きで心がなさそうに見えるけど、きっとどこかで怯える気持ちもあるだろうし、罪悪感みたいなものも隠し持っていると思ったんですよ。それを背負って、「全然平気だぜ」って言っているマリーが私に勇気をくれたんです。女性が残酷な処刑をやって人からぼろっかす言われても、あたかも楽しそうにやっているマリーを見て、あ、これだ、これが自分なのかもしれないと思った時に、ライブのやり方とかが変わってきたんです。
それまで、どうやってうまく聴いてもらうかとか、できるだけ一人でも多くの人に気に入られるかとか、人よりはないほうだと思うんだけど、どこかしらあったんですよね、何だかんだ言っても。でもそういうのを全て壊すことも思っていて…。私もともと、すごい泣き虫だし弱虫なんです。じゃあ、みんなで泣けばいいじゃん、何が悪いの。平気で泣く場所をつくれるのは私なんだ。ハッピーな歌を歌う人もいれば、真逆をやってやろうじゃないかって思うようになったんです。
『イノサンRougeルージュ』×歌手・中島美嘉さん
坂本:そんなことがあったなんて、驚きです。たぶん、自分の中にもマリーがいて、この瞬間、マリーだったらどう行動するのかなっていう一瞬があるんですね。マリーを生み出した意図は、既成の価値観にとらわれない生き方といったものを描きたかったので、そんなふうにとらえて頂けるとすごく嬉しいな。
中島:そんなことを言われたら、もう私、今日寝られないよ(笑)。マリーは、女が処刑台に上がっちゃいけないと言われていたけれど、そこをぶっ壊したわけじゃないですか。己を貫く本当の無垢というか。私は、洋服とかメイクとか、制服だったりとかっていうものをこれまで全部ぶち壊してきたんです。流行りに疎かったので、全部自分の好き嫌いだけで決めて、貧乏だったので、自分で洋服を作っていたわけですよ。たとえば普通に洋服にゲタとか履いているとするじゃないですか。私はそれを自分なりのファッションだと思ってやっていて、でもみんなにはすごい笑われたりしていたわけです。だけど、私はそういうことはへっちゃらだったんです。
坂本:結局、そこが歌にしても、ウソをつかないというところに繋がってくるんですね。自分も作品のスタイルはウソをつかない、絶対に自分の思っていないことは言わない、いま、自分が感じていることだけを発言すると思っています。だけど、人は変わるので、前に言ったことと今言ったこととは違う、ということもある。それでも、それもウソをつかないで正直に描いてあげる。そうやっていると、自分が歩んでいる道が正しいのか間違っているのか、すごく不安になるときがあって、いまもこの瞬間不安でしようがないわけです。だけど、僕はその瞬間その瞬間に正直にやっていけば、必ずどこかに繋がっていくと信じているんです。そのときの絶対のルールは、やっぱり、ウソをつかないということなんですね。
ーーマリーは架空のキャラクターですが、もう一人の主人公シャルル-アンリ・サンソンは実在の人物。 最初は泣き虫だった男が屈強な死刑執行人になっていく過程はどう映りましたか
中島:普通の感覚の持ち主であるシャルルがいきなり死刑執行人へと変わる瞬間がありますよね。変わらざるを得ないという状況になって。そこが印象的でした。
坂本:その変わる瞬間というのがすごく大事で。漫画の主人公って、変わらないことがどこかよしとされている。でも、実は、子どもができた瞬間とか人生の転機っていくつもあって、いまの生活のままでは先に進めないという瞬間がたくさんあるんですね。あえて変わり続ける主人公、そこに魅力を持たせてあげたかったんです。完全無欠のスーパーヒーローであっても、好きな女の人と結ばれる日がくれば、その瞬間から価値観が変わるわけで、自分はその瞬間を描きたい。シャルルも最初は泣き虫だったけども、家庭ができて、守るものができた瞬間に変わり始めた。たぶん、普通の漫画のキャラクターならあり得ないことなんですよ。これからフランスの革命期を描いていくわけですが、たぶんその中で一番変わっていくキャラクターがシャルルということになると思います。
中島:そういうところも、あ、すごいと思った一つです。私たちみたいな仕事って、変わっていくといろんなことを言われたり、がっかりされたりすることが多くて。私なんか特にそうですよ。「デビュー時はああだったのに今は…」とかめちゃくちゃ言われてますから。でも、気にせず、我が道を行かないと、結局はウソをついていることになりますよね。ウソをついた歌をステージで歌って、誰が感動するのか。1万人が1万人、私を好きでいるはずもなく、実は一握りの人が私の曲で泣いてすっきりする人が出てきたら、それが私の使命なんだっていうことに気づいたときに、何も怖くなくなったんですよ。変わることとか、人前で泣いたりすることも、別にいいじゃん、人間なんだもんって思えて。
もう一人の主人公、サンソン家シャルル-アンリ・サンソン。「いずれパリに行ったら、モンマルトルのサンソン家のお墓にお参りするのが夢になりました(笑)」と中島さん。
ーー『イノサンRougeルージュ』第⑦巻に所収される直近の展開では、マリーに「出産」という大きな転機が訪れます。どう感じられましたか。。
中島:わーおと思いながら、どう誕生してくるのかをすごく楽しみにしていました。まず「ゼロ」という名前が好き! 男女の性別を隠しているところも。マリーが子どもを抱いている姿って全く想像がつかなかったんだけど、実は、私自身も自分の子どもを抱く姿が想像できなかった。気性が男っぽいというのもあって、自分に子どもがどうこうというのがイメージできなかったし。でも、『イノサンRougeルージュ』7巻の中で、マリーが子どもを抱いているシーンが1か所出てきましたよね。実はあれを見て驚いた。私が頭でずっと想像していた唯一の子どもの抱き方と同じだったんです。前で抱くのではなく、片手で肩に担ぐような感じで。だから、あのマリーが子どもを抱く姿を見た瞬間、泣きそうになったんです。
坂本:マリーはこれまでどんな局面でも自らを貫く行動をとってきました。じゃあ、マリーが子育てしたらどんな子どもになるのかっていうところを描きたいんです。ゼロはまだ不気味な存在ではあるんですけど、この先、ビジュアル的にも第1形態、第2形態と徐々にベールを脱いでいくことになると思います。時間軸を含めて、既成の漫画の流れとは違う方法をとろうと思ったりもしてて、もう描き手として不安でしかないんですけどね(笑)。
中島:実在したサンソン家に、ただ一人、架空のキャラクターであるマリー-ジョセフが投げ込まれて――。 この作品で、作者はサンソン家の無垢がゆえの残酷さを誰一人傷付けず描き出している。
己を貫く本当の“無垢”を私はこの作品で確信しました。これからフランスの革命期に入っていくのも楽しみだし、マリーがどう変わり、ゼロがどう成長していくのか、とにかくすべてが楽しみです!
『イノサンRougeルージュ』第⑦巻でマリー-ジョセフが引き連れて来た嬰児「ゼロ」。中島さん「マリーの”子どもの抱っこ”の仕方が普通じゃない所に共感しましたね」取材・文/一志治夫
撮影/新津保建秀 スタイリスト/高見佳明
ヘアメイク/丹羽寛和(maroonbrand)
イラスト/坂本眞一
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