独占漫画家インタビュー:沖田×華「『ゆりかご』を描いて良かった」
更新日:2017/12/13 10:00
自身の体験をもとに、鋭い視点とエッセイタッチの優しい絵柄で産婦人科の真実を描き大反響を呼んでいる「透明なゆりかご 産婦人科医院看護師見習い日記」。今回、作者の沖田×華さんに、人気作の舞台裏や作品が生まれたキッカケなどなど、存分に語ってもらいました!
沖田×華
当事者の思いや背景を出来るだけ丁寧に描きたい
――めちゃコミックでも多くの反響を呼んでいる「透明なゆりかご 産婦人科医院看護師見習い日記」 (沖田×華/講談社) ですが、どのようにして生まれた作品なのでしょうか?
前に「ギリギリムスメ」 (沖田×華/講談社) というフィクションのストーリーものを描いていたんだけど、話を進めるのが苦手で、もっといい方法ないかなって悩んでいたんです。それで、私が経験したことで何か漫画になるようなことあったかな、そういえば産婦人科でバイトしてたことがあったな、というところからネームを作って、「ギリギリムスメ」が描けないから、こっち(現『透明なゆりかご』)にしたいって担当編集さんに見てもらいました。でも結局ボツになってしまって、やっぱり「ギリギリムスメ」を頑張って連載していたんです。
――最初はボツだったんですね。どうやってまた日の目を浴びるようになったのでしょうか?
それが、少し誤解がありまして、担当編集さんは「透明なゆりかご」を「ギリギリムスメ」の次の連載として考えていたようで、その1年後くらいに担当編集さんが「じゃあ『ゆりかご』やろっか」となって、私としては“もう終わったもの”だったので全然覚えてなくて、ネームも捨てちゃっていたんです…。
でも、担当さんがネームのコピーを取っておいてくれて、なんとか事なきを得て無事スタートしました。
――捨てずに取っておいた担当さんのファインプレーですね。そこから「透明なゆりかご」の連載が始まり、最新6巻まで(2017年12月時点)来ましたが、ここまで続いた手応えはありますか?
私は漫画家のくせに漫画のシステムがよく分かっていなくて、漫画の単行本は1冊出たらそれで終わりだと思っていたんです。自伝漫画の「蜃気楼家族」(沖田×華/幻冬舎)はまだ5巻までしか出てないので、「透明なゆりかご」が新記録ですね。こんなに描いたことがなかったので、今でもヒイヒイ言いながらやってます。
沖田×華
――描くテーマが重かったり、ご自身の体験や心情、トラウマなども赤裸々に表現されている作品なので、モチベーションを保つのも大変だと思うのですが。
私は妊娠したことないので、妊娠されている方の気持ちを想像して、例えば中絶を選んだ人がいて、どんな理由があって、どう悩んで、その結果こうなった、という当事者の背景を丁寧に描くことを心がけています。
やっぱり最初のネームを描くのが大変で、1話24ページで、時間がかかる時は1~2週間くらいネームだけとか。毎回、過去の記憶をほじくり返しながら担当編集さんと格闘しながら作っています。
――ネームが全然出ないこともあるのですね。
「本当にもう出ないよ!」ってなるんですけど、担当編集さんと話しているうちに、断片がぽこっと出てきて、それを引っ張り出してつなげて、アドバイスをもらって…と相談しながら作っていくと結果的に話としてまとまっているんですよ。話が決まってしまえば、簡単な絵なので(笑)、アシスタントさんと一緒にガーッと描いて完成!みたいな。
沖田×華
――漫画のエピソード作りにあたって過去の記憶を掘り起こす他に、沖田さんの普段の生活の中からネタを拾うようなことはありますか?
四六時中とりとめもない妄想ばかりしています。外でマナーの悪い人に出会ってしまうと、やっぱり気分悪いじゃないですか。そんな時、出来るだけイライラしないために、私はその人の人生を勝手に妄想しています。例えば、レストランですごくマナーの悪いおじさんが居たとして、「この人は娑婆へ出たばかりで10年ぶりのハンバーグを食べる瞬間なんだ」って妄想すると怒りが収まるんですよ。そういうことばっかり考えてますね(笑)。怒ってばかりいると美容にも良くないですし。
――そういう妄想ならば精神衛生上良さそうですね(笑)。
あとは、普段ニュースを見ている時、他の人と少し違った気持ちになることがあります。例えば、「産んだ子を捨てた」というニュースがあって、「なんでこんな非道いことを!」って皆は言うんですけど、私はまず「……」と沈黙して考え込んでしまうんです。特に若年層の場合、妊娠したことを誰にも相談できずに、お腹が大きくなっても何とか隠し通して、でも産んだら即行バレる。そこからパニックになって、信じられないような方法で赤ちゃんを捨ててしまう。確かに非道いことなんだけど、そこに至ってしまった過程を思うと、腹が立つというより「大変だろうな、つらいだろうな」「可哀想にな」という気持ちになります。「じゃあエッチしなけりゃ良かったじゃん」「産まなきゃいいじゃん」となるんだろうけど、色々あった上での結果だと思うし、私が抱いた違和感みたいなものは何か意味のあることなんだって、「透明なゆりかご」やこの先そういう作品を描くにしても、もっと焦点をあてたい部分ですね。
――「透明なゆりかご」には、妊娠や中絶の悩みを誰にも相談できず、辛い道を選択してしまった人、もしくは選択しようとしている人への励ましやメッセージのような意味合いもあるのでしょうか?
うーん…。本人は“知られたくない”が主だと思うので、実の親にも言えないことを他人である私がどう説得できるのか、というのはすごく難しい問題です。自分の友達がそういう状況になって、本人もどうしたらいいかわからないくらいパニックなのに、軽率に「産んでみたら?」「産んだら何とかなるよ」とか言えないじゃないですか。だから「透明なゆりかご」のような漫画を描いているんだと思います。
今は妊娠や子育ての悩みを抱える人をサポートする機関もあって、取材でお話する機会がありました。中高生の妊娠の場合、一旦そこへ相談して仲介に入ってもらい親とも相談するといったシステムで、中絶するか、もしくは産んで里子にするなど様々なケースがあるので、そういう取り組みがもっと広まっていけば良いなと思います。
――沖田さんの漫画を読んで初めて、こういう現実を知った人も多いと思います。
『透明なゆりかご』は女性読者が多いんですが、夫婦で読んでくれたり、奥さんがちょうど妊娠中で旦那さんが読むみたいなケースもあるようで、不安なことばかり描いてあるので心配になって本を閉じちゃうこともあるんだそうです。
中絶や流産、死産、医療従事者はお仕事なのでどうしても慣れてしまうんですけど、当事者は傷ついたままなので、そんな時に家族のフォローが重要になってきます。でも、旦那さんはどうしたらいいか分からなくて、元気づけようとして言ったことでまた傷つけてしまったり、何をどうやっても奥さんに泣かれてしまい困っている、ということをよく耳にします。
――そういう時、旦那さん、男性はどうしたらいいのでしょうか? 沖田さんだったらどうしてほしいですか?
人によって対応は違うと思うんですけど、悲しんでいたら一緒に悲しんでほしいですね。旦那さんは身体的な実感がない分「またすぐ作ればいいよ」ってなりがちだけど、「すぐ作る」=「前の子どものことは忘れて」という意味にもなり兼ねません。大体の母親は亡くなった子どものことを忘れないから、夫婦の間でズレが生じてしまいます。だから、そういう感情も共感してくれたら良いなって。
沖田さんの不思議な幼少時代や絶縁騒動
――「透明なゆりかご」第32話「めぐる命」にある“カメムライチロー”のエピソードのような不思議系のお話も好きなのでしょうか?
ナツキ君は今、小学校高学年くらいになって元気ですよ。母親のお腹の中に居た時や、それ以前の“生まれる前”の記憶を持つ「胎内記憶」というのがあって、友達の塚ポンの子ども・ナツキ君が“カメムライチロー”という前世の名前を覚えていた話を聞いて、許可をもらって漫画にしました。
不思議系の話は大好きです。子どもにまつわる不思議な話ってよく聞くもので、ある子が今お母さんのお腹の中に新しい子が居て、性別がわかる前から「妹」なのか「弟」なのか当てて、お母さんが「なんでわかるの?」と聞いたら、「(お腹の中の子と)話した」と言ったそうです。子どもにしかわからない不思議な感覚みたいなものがあるんですかね。
――沖田さんの子どもの頃はどうでしたか?
子ども時代のことを描いた「ガキのためいき 子どもの発達障害あるある記」 (沖田×華/講談社) に、「ようちゃん」という墓場の幽霊が登場するんですけど、子泣き爺みたいに私の背中に乗っかってきたり、一緒にお線香を食べたり、幻の友達がいましたね。私は人間の友達があまり居なかったので、この「ようちゃん」もそうだし、そのへんの石とか木に名前を付けてしゃべっている子どもでしたね。
――沖田さんのお母さんも霊感が強いそうですね。
おかんは幽霊が見えるらしいし、猫とも喋れる…そうです。私は絶対に信じてないです(笑)。前に飼っていた猫なんですけど、熱が出ているとか寝起きとか、意識が朦朧としている時に限って、アニメ声で「ママーいつまで寝てるの? 早くご飯」とか言ってくるそうです。もう60代なので「大丈夫なの?」って心配になりますね。
――ユニークなお母さんですね(笑)。沖田さんの漫画家としての活躍をご家族はどう見ていますか?
最初の頃はすごく怒っていました。「蜃気楼家族」で、自分の家族のことを思いっきり描いていたんですけど、まあ漫画読まないし大丈夫だろうと思っていたら、単行本2巻が出た時にバレてしまい、親族会議が開かれるくらい大騒ぎになってしまって。で、そのまま続けていたら絶縁状態に……。その後、私がNHKの番組に出る機会があったんですけど、田舎の人はNHKが神だから、おかんが「うちの娘がNHKに出た」とみんなに自慢して、それでチャラになりました。
沖田×華
親族に嫌われるようなことばかり描いた「蜃気楼家族」は地元で後ろ指さされたり、おかんにもボロクソ言われたんですけど、「透明なゆりかご」はすごく褒めてくれて、「やっと人に紹介できる漫画を描いてくれた」と喜んで、色んな人に配っているみたいです。読んでくれた人もすごく感動したって言ってくれるし、そういう意味でも描いて良かったです。
より多くの人に届けられたら
――沖田さんの小さい頃は、どんな漫画を読んでいましたか?
家がラーメン屋なので、お店にある青年誌のエロ漫画スタートで(笑)。なので少女漫画に出会ったのが遅かったんですね。中学校に入ってようやく「ちびまる子ちゃん」 (さくらプロダクション/集英社) を読み始めたり、恋愛漫画はコマ割りが複雑なので、最初は読み方が全然わからなくて。当時の青年誌みたいに、悪者をやっつけろ!みたいな、“アクションもの”“バイオレンスもの”とか、わかりやすいのが好きだったので、同年代となかなか話が噛み合わなかったです。
- 少女漫画 ちびまる子ちゃん
- 4.5 (1504件)
“さくらももこ”は小学3年生。とても小さくて女の子だから“ちびまる子ちゃん”とよばれている。 ...
――絵や漫画を描くのはどうだったのでしょうか?
落書きとかは好きでたまに描いてました。ほとんどエッチなやつですけど。暇だから教科書におっぱいばかり描いていたら、途中でおかんに見つかってものすごく怒られました。あまりにも怒られたもんだから、落ち込んでいたんですけど、図書館で借りてきた偉人の伝記本に、別の人が描いたと思われるおっぱいの落書きを見つけて(笑)、「あ、私だけじゃないんだなって」すごく安心しました。
同級生で私より絵が上手い人はたくさんいて、中には美大に行って今は絵で食べている人もいるんですけど、漫画家になったのは多分私くらいじゃないかな。絵は上手いに越したことはないんだけど、漫画となるとそれ以外の部分も大事だったりするので。でも、最近ようやく可愛い感じに描けるようになってきたなって自分では思います。
沖田×華
――漫画家として忙しい日々だと思うのですが、気分転換したい時やオフなどはどう過ごしていますか?
午前中にババっと原稿を渡して、午後は暇みたいな時は一人で飲みに行きます。お酒飲んで、サウナ入って、帰って寝る。気分を変えたい時や嫌なことがあると、お風呂に入りたくなるんですよ。お酒は弱いんだけど、酔いたいために飲むみたいな。ベロンベロンで帰ってきて、玄関でスッポンポンになって寝てしまうことも……。オンとオフのギャップがありすぎて、ほんとダメだと思うんですけど。
あと、今ハマっているのがトランポリン! 漫画家って普段なかなか運動することがないので、仕事部屋のルーフバルコニーにトランポリンを置いたんです。でも6階だし、古いマンションなので手すりも低くて、跳び過ぎると確実に落ちちゃう(笑)。だから命綱を付けて、出来るだけアシスタントさんが居る時に跳ぶようにしています。
――最後に、今後どういう作品を生み出していきたいですか?
この先も医療系の漫画をやっていきたいですね。今は「透明なゆりかご」で、妊娠や中絶をテーマに描いているけど、これまで触れていない養子縁組や不妊治療、産後クライシスについても取り上げていきたいと考えています。私もしっかり勉強と取材をして、より多くの人に作品を届けられたらいいですね。
沖田×華
作品に関する貴重なお話からご自身の爆笑エピソードまで、魅力たっぷりのインタビューでした。経験や鋭い感受性に裏付けされた、沖田さんの創作物は今後も多くの人に感動を与えてくれるでしょう。
写真:原恵美子
プロフィール
沖田×華(おきた ばっか)
1979年2月2日生まれ、富山県魚津市出身。小学4年生の時に医師よりLD(学習障害)とADHD(注意欠陥/多動性障害)の診断を受ける。母の勧めで看護師になるために看護学科のある女子高に入学。高校3年生の時に産婦人科医院でバイトをする。高校卒業後看護学校に通い、22歳まで看護師として病院に勤務。その後、2008年漫画家としてデビューを果たす。2014年『透明なゆりかご』連載開始。
◆沖田×華さん 公式Twitter
https://twitter.com/xoxookita
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作者
小山喜崇
昼は編集者、夜はイラストレーターとして働く。好きな漫画は、吉田戦車や和田ラヂヲ、漫☆画太郎などのギャグ作品。記事タグ
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