rokaさんの投稿一覧

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51 - 60件目/全107件
  1. 評価:5.000 5.0

    眩しすぎたせい

    最初は、物語がどこに向かおうとしているのかがまるで見えなくて、漫画の登場人物たちと同様、私自身、民子に振り回されるばかりで、とっちらかったような印象を受けた。
    こりゃ、最後まで読むことはないかな、と。
    しかし、読み進めるうちに、強引なくらいのパワーに引き込まれて、抜け出せなくなった。
    終盤はもう、涙が止まらなかった。
    でも、どういう涙なのか、よくわからなかった。

    私は、どんな人間も、何かしらの地獄を抱えて生きているのではないかと思っている。
    はたから見たら、恵まれたイージーモードの人生を送っているように見える人でも、誰もが敬う人格者でも、はたして同じ人類なのかと疑いたくなるくらい嫌な奴でも、それは変わらないのではないかと思っている。

    民子は、人々が抱えた地獄の一番深いところの闇を、照らすような人物だった。
    刹那に、強烈に。
    そこには善とか悪とかいう観念はなくて、多分、民子自身の意志とか感情とかもあまり問題ではなくて、ただ、自分の命を燃やして何かを照らすような生き方しか出来ない。
    そうすることでしか、自分自身の地獄を照らせない。
    私は、民子にそういう印象を持った。
    そんな人物に、いかなる漫画の中であれ、出会ったことがなかった。

    閃光は、一瞬だ。
    それは、悲しむべきことかもしれない。
    けれど、例えば花火が一時間光りっぱなしなら、あるいは、蛍が十年生きるなら、あれほど私たちの胸を打つだろうか。

    私が流した涙は、あるいは、民子が刹那に放った光が、あまりに眩しすぎたせいなのかもしれなかった。

    • 16
  2. 評価:5.000 5.0

    ゲゲゲの鬼太郎と私

    「あのとき、あの漫画に出会わなければ、別の人生になっていたはずだ」というような漫画が、人によっては、あると思う。
    私にとってはそれが「ゲゲゲの鬼太郎」である。
    だから、この漫画については、もう好きだとかファンだとか、そういうレベルではない。

    生まれて初めて本気で好きになったものが「妖怪」だった。
    私は幼少期を「妖怪のいる世界」に生き、大学では民俗学を学び、大人になった今でも、どこかに妖怪の影を探しながら暮らしている。
    そういった全てが、「ゲゲゲの鬼太郎」に端を発している。

    世界を作ったから神が崇められるのであれば、私が崇めるべきは水木しげるである。
    彼が、私の世界のかなりの部分を作ったのだ。
    いくら感謝しても足りない。
    しかし、私からは一度も感謝の言葉を伝えられないまま、水木しげるは逝ってしまった。
    それは少しだけ残念だ。
    しかし、水木しげるのことである。
    きっとあの世で妖怪やら霊魂やらと、楽しくやっているに違いない。
    「ゲゲゲの鬼太郎」を読めば、それを信じることが出来るだろう。

    • 11
  3. 評価:5.000 5.0

    受け継がれる精神

    個人的には、ジョジョは4部が一番好きで、3、5、6部が同点で2位、という感じである。
    正直、この(実質)7部は、単行本を買い続けている間は「どうなんだろう」と思っていた。
    しかし、完結してからあらためて一気読みして、印象が変わった。

    「たとえ命は途絶えても、受け継がれる精神がある」というのは、ジョジョ全編を通じての大きなテーマのひとつだと思う。
    実のところ、それが最も色濃く打ち出されているのは、この7部ではないか、と感じたのだった。
    その意味で、やはり本作も、どこまでもジョジョである。

    もちろん、熱いスタンドバトル、豊富すぎるくらいの魅力的なキャラクターたち(敵味方を問わず)も健在で、このあたりはもう、流石と言う他にない。

    • 6
  4. 評価:5.000 5.0

    アイドルとしての岸辺露伴

    私のアイドル、岸辺露伴を主人公に据えたスピンオフ。

    ジョジョの第4部は、ジャンルとしては「サスペンスホラー」に分類されるそうだが、この短編集は、本編以上にサスペンスホラーのテイストを強く感じさせる。
    荒木飛呂彦の、ホラーに対する思い入れ、そして、岸辺露伴に対する思い入れがシャープに炸裂しており、同時に、シリアスだけどコミカル、というジョジョ(特に4部)のトーンが懐かしくもある。

    ジョジョファン、第4部ファン、岸辺露伴ファン、には必読と言って然るべき良作である。
    その全てに該当する私は、大変楽しく読めた。
    何しろもう、岸辺露伴がそこにいるというだけで、大満足であった。

    • 16
  5. 評価:5.000 5.0

    自然に、自由に

    まさに心が震える傑作短編集。
    切なく微かな震えから、ぐらんぐらんに揺さぶる激しい震えまで、バリエーションも実に豊かである。

    漫画の、あるいは、物語の、定型。
    どうもがいても、どんなに工夫を凝らしても、いつの間にかそこに収まってしまう、というような、定型。
    私たちはどれほどオリジナルであろうとしても、結局、何かに似てしまう。
    別にそれが悪いことでもない。
    しかし、この漫画は、そういう定型から、あまりに自然に自由だと思った。
    定型を拒否するでも斜に構えるでも奇をてらうでもなく、ただ、自然に、私の知るあらゆる定型から逸脱していた。
    きっとこういうのを本物の才能と呼ぶのだろう。
    素晴らしい作品だった。

    • 15
  6. 評価:5.000 5.0

    彼が好きな彼女は、彼女が嫌いな彼女

    私は「ありのままでいい」というメッセージが基本的に嫌いである。
    そんな単純に事が済んでたまるか、と思いながら生きている。
    Mr.Childrenの歌にそんなのがあったけど、コンプレックスだってモチベーションだ。
    けれど、この漫画は、刺さった。

    今のところ(現在12話)、自分のありのままを受け入れられない女の子と、彼女にありのままでいてほしい男の子の、すれ違いの物語として私は読んだ。
    これは、難しい。
    私は、主人公の整形も、故郷からの「脱出」も、理解できるし、支持したい。
    たとえ形式上は逃避に見えたとしても、それは、コンプレックスに押し潰されることなく、人生を切り開くための必死の冒険だったと思うからだ。
    しかし一方で、男の子の気持ちも、痛いくらいにわかってしまった。
    けれど、彼が好きな彼女は、彼女自身が消し去りたい彼女なのだ。
    そんな残酷なことってあるか。
    私にはもう、どうしたらいいのか、さっぱりわからない。
    いったいどうしたら、二人が幸せになれるのか。
    あるいは、そんな道は存在しないのかもしれない。
    いずれにしても、この二人の行く末を、見届けたい。

    また、漫画としては、主人公が夢中になっているプレイボーイの先輩も、どう考えても病んでいる先輩の元恋人も、二人の間に挟まっている印象の悪い醜男も、意外とステレオタイプではなく、みんな何かしらの地獄を抱えていそうというか、なかなか奥行きがありそうで、脇役たちからも目が離せない。

    • 6
  7. 評価:5.000 5.0

    ものすごく楽しくて、あり得ないほど美しい

    大人になってからこれほど漫画で笑ったことはなかったし、これほど新刊を待ち望んで日々を過ごしたこともなかった。
    本当に、素晴らしい作品だった。

    まず、「これ」を漫画にした才覚に脱帽する。
    基本的には二人の高校生が河原でだべっているだけという、「こんなの漫画になるのかよ」という題材だが、圧倒的な会話のセンスと、卓越した「間」の表現が、見事に作品を成立させている。
    読んでいるうちに、「こんな漫画ありかよ」という最初の感想は、「これは漫画だから出来たことなのかもしれない」という思いに変わった。
    そういう意味では、およそ漫画らしくない場所から始まって、実に漫画らしい地点に到達した、稀有な作品だと思う。

    私は、毎回げらげら笑いながら、この漫画が終わってしまうことを、どこかで恐れていた。
    青春時代を謳歌する若者が、心のどこかでは、いつかそれが終わることを恐れるみたいに。
    彼らが、「いつまでもこれが続くといいのにな」と思いながら、そして、本当はそれがあり得ないと知りながら、日々を生きるみたいに。

    私は、セトのことが、ウツミのことが、ただただ大好きで、彼らに会えなくなってしまうのが、たまらなく寂しかった。

    けれど、やはり、終わった。
    青春というひとつの時代にも、いつか終わりが来るように。
    ただ、その終わり方というのは、私のあらゆる想像を超えて、それまでこの漫画が積み上げてきたものをある意味で壮大に裏切りながら、これ以外ではきっと駄目だったんだ、と感じさせるような、ものすごく斬新で、あり得ないほど鮮烈なものだった。
    私は、これほど美しい漫画の終わらせ方を、ほとんど知らない。

    私の青春は遥か昔に終わり、この漫画もやはり終わり、けれど、ふと懐かしくなってページをめくれば、漫画の中で、セトとウツミは、いつまでも青春なのだった。
    だから、漫画というのは素晴らしくて、でも、そんなの、ちょっと、ずるいと思った。

    • 34
  8. 評価:5.000 5.0

    ホラー漫画への愛情

    1990年代に、空前のホラー漫画ブームがあった。
    その象徴とも言うべき存在が犬木加奈子だった。
    当時発刊されていたホラー雑誌10誌の全ての表紙を犬木加奈子が担当することさえあった、と言えば、その凄さが伝わるだろうか。
    私は、そんな時代に、従姉の家でホラー漫画雑誌を読んで育った、犬木加奈子チルドレンであった。
    しかし、時は流れ、全てのブームと同じようにホラー漫画ブームも終わり、ついに、ホラー漫画雑誌そのものが日本に存在しなくなった。
    私が、あるいは私たちが、あれほど夢中になって震えたホラー漫画の時代は、終わったのだ。

    今の時代に、「こういう漫画」というのは、もう読めないのではないかと思っていた。
    だから、初めて読んだときは、初めてなのに、あまりの懐かしさに心が震えた。

    暗すぎる絵、終始陰鬱なトーン、不意な残酷描写、他の何の漫画でもなく、これはホラー漫画なのですよ、というベタで優しい雰囲気、そして、見方によっては、半分ギャグ。
    何もかもが、「あの頃」のホラー漫画だと思った。
    どこまでもノスタルジックで、徹底的に時代遅れをやりながら、しかも、古臭さを感じさせない。

    失礼な言い方かもしれないが、この作者は、現代における犬木加奈子の後継者ではないか、と思った。
    決して誇張ではなく、現代のホラー漫画界において、希望であるとすら思った。

    この作者には、ホラー漫画への本物の愛情があると、思ったからだ。

    私はもう、恐怖を求めてホラー漫画を読んでなんかいない。
    そういう時代は、ホラー漫画ブームの終焉と同じくらいのタイミングで、終わったのだ。
    二度とは帰れない。
    私がホラー漫画に感じているのは、単なるノスタルジックな感傷に過ぎない。
    純粋に怖がれる心を失ってしまった大人として、かつて私を震え上がらせてくれたものへの淡い憧憬を、惰性で追いかけているに過ぎない。
    でも、いくぶん肯定的に言わせてもらえば、私はずっと、ホラー漫画に対する愛着を、あるいは愛情を、捨てきれずにいるのだと思う。

    だから私は、この漫画を永遠に支持する。

    • 19
  9. 評価:5.000 5.0

    これが愛じゃなくて、何なのだ

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    実際の「福井火葬場心中事件」を基にした、いい意味で、極めて現代的な漫画。
    心が震える傑作である。

    認知症、老老介護、児童虐待、という現代社会のヘビーな諸問題を題材にしており、ある意味では悲壮な物語であるけれど、シンプルでポップな絵柄が、絶妙なバランスを生んでいる。
    これは、漫画だから出来る素晴らしい表現のひとつだと思う。

    興味深かったのは、この漫画で描かれる、日本の古い共同体の姿である。
    閉鎖的な限界集落で、八つ墓村的というか、今の時代、こんな共同体に魅力を感じる人間はまずいないし、私自身、否定的なイメージをずっと持っていた。
    しかし、主人公の妻が犯した罪を、地域の住民皆が協力して隠し通そうとする姿には、胸が熱くなった。
    悪く言えば、そういう隠蔽体質というのは、日本の古い共同体のネガティブな側面そのものなのだけれど、それを真逆から描いてみせたような抜群の切り返しには、思わず唸った。

    生き方を選ぶということは、ある意味で、死に方を選ぶことと等価であると私は思う。
    これは、老夫婦が死に方を選択する物語であり、そして、究極のラブストーリーでもある。
    結末は、悲しくて悲しくて、でも、これ以外もこれ以上もきっとないんだ、と思って、涙が溢れた。
    だって、これが愛じゃなくて、何なのだ。

    • 13
  10. 評価:5.000 5.0

    妖怪と現代

    動物園のように妖怪を展示する「妖怪園」を舞台にしたコメディ。

    私のような妖怪オタクには素晴らしい拾い物だった。
    妖怪園、行きたい。
    マジで行きたい。

    かつて、水木しげるが「妖怪保護区のようなものを作りたい」と話していた。
    時代の変化とともに妖怪は絶滅の危機に瀕しており、保護する必要がある、というのが水木しげるの主張だった。
    冗談のように聞こえるが、マジな主張だったのではないかと私は思う。
    そして、動物園の役割が、時代とともに、単なる「見世物」ではなく「保護区」も兼ねるようになってきた(パンダなんかはその典型だろう)みたいに、この漫画の妖怪園も、そんな保護区として感じられ、心が温まった。

    基本的にはコメディで、それぞれの妖怪にからめた時事ネタの使い方が、実に上手い。
    爆笑、というより、微笑みがいっぱい、というタイプのコメディである。

    時代が変われば、人も変わる。
    妖怪も変わる。
    水木しげるが言ったように、現代の夜は明るくなりすぎたし、妖怪たちはもう、江戸時代のような姿では、私たちの前に現れてはくれないだろう。
    それでも、妖怪という素敵な存在は、その姿を自在に変えながら、この国で、ずっと生き残っていてほしい。
    私はそう思うから、その生き残り方のひとつの形を、この漫画の中に見たような気がして、何だか感動してしまった。

    • 31

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