5.0
時代性と普遍性
ネット配信を利用した愉快犯による劇場型の犯行、という極めて現代的な舞台装置だが、核のところにあったのは、時代性などとは無縁の、人間の普遍的な強さや美しさみたいなものだった。
時代に乗っかって始まり、時代に左右されない核心にたどり着く。
その返し技があまりに綺麗に決まりすぎていて、ちょっとムカつくほど感心した。
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13
15位 ?
ネット配信を利用した愉快犯による劇場型の犯行、という極めて現代的な舞台装置だが、核のところにあったのは、時代性などとは無縁の、人間の普遍的な強さや美しさみたいなものだった。
時代に乗っかって始まり、時代に左右されない核心にたどり着く。
その返し技があまりに綺麗に決まりすぎていて、ちょっとムカつくほど感心した。
「この世」と「あの世」の間に設けられたモラトリアムのような世界を舞台に綴られる、様々な人間たちの死に様と生き様。
まず、ひとつひとつのエピソードの完成度が非常に高く、読み手に喚起する感情も実に多様だ。
温かさ、哀しさ、怖さ、悔しさ、切なさ、やりきれなさ。
死の物語でありながら、そこにあるのは、私たちが生きてゆくことにまつわる全てであるように思う。
いかに死んだかということと、いかに生きたかということは、ある意味では、きっと、等価なのだろう。
また、基本的には短く完結する短編集的な作品でありながら、死役所の職員たちの背景を少しずつ描いていくことで、読者の関心を持続させているのもポイントが高い。
特に、シ村の生前に何があったのか、という謎の吸引力は素晴らしく、これほど続きが気になるオムニバスもあまりないだろうと思う。
凶悪犯の実録漫画。
ひとつひとつのエピソードの掘り下げは浅く、ダイジェスト的な印象で、「核心に迫る」というような迫力はない。
「アンビリバボー」の方が情報量は多いくらいだと思う。
ただ、なかなか中立的な視点で「人間」としての凶悪犯を描こうとしているように思えて、そこはちょっと好感を持った。
凶悪犯を、「異常な怪物」として排除したり、単純な悪役と設定したり、グロテスクな興味を煽ったり、そういうアプローチの方が漫画としてはやりやすいだろうが、それをしていない。
「こんなひどい奴がいたんだよ、許せないよね!異常だよね!」という感じではない。
「やったことは許しがたいが、彼らもまた、人間。いったいどこで歯車が狂ったのだろうか?」という語り口。
そして、その答えは、わからない。
その、わからない、ということをきちんと描いている気がして、そこは評価したいと思った。
原作のファンである。
まずまず楽しく読んだのだが、その魅力はあくまで原作に負うものだし、原作とどちらが魅力的かと問えば、答えは明白だと思う。
師匠シリーズの魅力は、「話」としての面白さだけではなく、かなりの部分、作者の端正な文体によるものでもあったんだな、と再認識した。
とはいえ、インターネット上の「書き込み」から始まった師匠シリーズが、とうとう漫画化かいな、と思うと、ちょっとした感慨はある。
個人的な好みの問題だが、復讐をする人間には、毅然としていてほしい。
加害者への共感や善悪のボーダーなど、振り切る覚悟がなければ、復讐なんて出来ないし、するべきでもない、と思う。
色々なものを飛び越えたり踏みにじったりして至る復讐の境地っていうのは、もっと、静かなものなんじゃないのかな。
例えば「善悪の屑」みたいに。
そういう意味では、「復讐者になりきれない復讐者」が本作の魅力なのかもしれないが、私はそこをうまく評価できなかった。
本来はタイプの顔じゃないのに、付き合ってしばらくしたら、可愛くて仕方がなくなる、なんてこと、ありますよね。
何が言いたいのかというと、福本氏の「絵」
が、その現象と似ている、ということである。
でもそれは、漫画の世界では、かなりのハンデ戦だ。
まことに失礼なことを言うが、少なくとも絵を見て「読みたい」と感じさせる漫画では全くないと思う。
漫画は、雑に言えば、絵と文字だ。
その絵に、魅力がない。
正確には、この絵に魅力を感じるのは、読んで、この世界に引き込まれた後の話であり、入り口での魅力ではない。
そういう「飛車角落ち」のような勝負を漫画という賭場で仕掛け、それに勝利した福本氏は、本当に凄いと思う。
「そんなギャンブル、ありかよ」と作品の中で何度も感嘆したが、一番のギャンブルは、福本氏が「漫画」を選択したという、その事実ではなかろうか。
ざわ…ざわ…
カイジ本編で強烈な印象を与えた利根川を主人公にしたスピンオフ……!
どんな悪の美学を見せつけてくれるかと思いきや……意外……!
作品の内容は……コメディ……!
圧倒的コメディ……!
別の作者にも関わらず、オリジナルと変わらない絵柄で、カイジ好きならニヤリとすること間違いなし……この魅力……悪魔的だ……!
では、オリジナルを知らなければ楽しめないのか……?
そうでもないっ……!
初見の読者に対しても、決して排他的ではない……!
僥倖……まさしく僥倖……!
ならば、カイジを知らなくても読むべきか……?
だが………駄目っ………!
それこそが罠っ………!
先にスピンオフを読むなど……悪手……これ以上ない悪手……!
あくまで、オリジナルありきだっ……!
その後で読んでこそ、この漫画は輝く……!
ざわ…ざわ……
映画「スタンド・バイ・ミー」を観るといつも思う。
そこにいる少年たちは、自分の少年時代とは絶対的に違うのに、そこにある何かは、絶対的に自分の少年時代のものだな、と。
この漫画に対しても、同じことを感じた。
私の、というか多くの読者の思春期は、さすがにここまで歪んではいなかったはずだ。
にもかかわらず、この漫画にあるのは、私の歪みであり、あなたの歪みである。
「黒歴史だよね」なんて飲み会で笑って話せるレベルではない思春期の記憶を持つあなたに、この漫画は、きっと刺さる。
今さらどうにもならない、甘くて苦い記憶を、感傷を、行き場のなさを、顕微鏡並みの倍率で誇張して見せつけたような作品であって、だから私は、この漫画を無視できない。
恐ろしく歪んだ「スタンド・バイ・ミー」のような名作。
一気に読んでしまった。
原作の利なのだろうが、読ませるパワーがすごい。
恋人の失踪。父の癌が発覚。母の死。
立て続けに起きた不幸の中、見つけた謎のノート。
父は、母は、人殺しなのか?
母だと思っていた人の正体は?
そして、自分自身の正体は?
ノートの内容は、前半はサイコ的な恐怖を感じさせるが、後半は、ミステリとしての面白さをキープしつつも、叙情的な方向に移り変わってゆく。
それは、この作品のテーマそのものとシンクロする。
異常な殺_人者の告白から、異常な愛の物語へ。
このシフトチェンジが素晴らしい。
終盤、主人公の殺_人気質が覚醒し、自らの体に流れるおぞましい血によって、呪わしい運命を辿る、という展開も、ありだった。
でも、母の愛が、それを救った。
過ちから始まった愛。
秘密と偽りのもとに成立していた愛。
人を殺めることで誰かを守ろうとするような愛。
愛を手にする資格など持たないような者の愛。
自らは死に向かうことで、誰かの愛を生かすような、悲しい愛。
それでも、愛は、愛。
ラスト、車で走り去る二人を見送りながら、私は、そんなことを考えていた。
映画でも漫画でも、サバイバル系は、「メインの敵」以外に焦点があると面白い。
そういう意味で、この漫画は成功している。
その1…VS猿。
これがもちろんメインだが、「本当に猿なのか?」という謎もあり、一筋縄ではない。
その2…内部の人間の裏切り。
自分が生き残るために、仲間を売る奴らとの攻防。
その3…内部犯の可能性。
何と内部の人間に猿の仲間がいる可能性あり。
敵が人間ならともかく、猿の仲間??
謎めいた展開。
上手く回収してほしいけど。
その4…「山」の脅威。
舞台が険しい山なので、猿の他に、自然との戦い、という側面もある。
その5…疑心暗鬼からの仲間割れ。
誰も信じられなくなり、登場人物たちが正気を失ってゆく、という王道パターンだが、生命維持に不可欠な「水」の問題を絡めることで、この展開に説得力を与えている。
ということで、なかなか見所の多いサバイバルホラーになっていると思う。
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