ペリリュー -楽園のゲルニカ-:戦後80年に劇場版アニメ化 戦争を知らないからこそ描けたもの 避けずに触れる第一歩に 作者・武田一義インタビュー

配信日:2025/08/24 10:01

マンガ「ペリリュー -楽園のゲルニカ-」の作者・武田一義さん 
マンガ「ペリリュー -楽園のゲルニカ-」の作者・武田一義さん 

 太平洋戦争の激戦の地、ペリリュー島を生きた若者たちを描いた武田一義さんのマンガ「ペリリュー -楽園のゲルニカ-」。「ヤングアニマル」(白泉社)で2016~21年に連載され、その後連載されたスピンオフ「ペリリュー外伝」を含め、今年6月に約10年にわたる物語が完結した。可愛らしいタッチでありながら、戦争が日常である世界をリアルに描き出し、第46回日本漫画家協会賞優秀賞を受賞。戦後80年である今年、劇場版アニメが12月5日に公開されることになった。作者の武田さんは戦争を知らない世代ではあるが、「戦争を知らないからこそ描けたものがある」と語る。制作の裏側、戦後80年への思いを聞いた。

 ◇「普通の若者が戦争に行っていた」事実を描く

 ペリリュー島の戦いは、既に日本の戦局が悪化していた1944年9月15日から約2カ月半の戦いで、米軍4万人に対し、1万人の日本兵が送り込まれた。組織的な戦闘終了後も、終戦を知らずに2年間島で生き続け、最後まで生き残ったのはわずか34人。あまりの犠牲者の多さと過酷さに対して、ほとんど語られることのない“忘れられた戦い”とも言われている。武田さんがペリリュー島の戦いについて知ったのは、今から10年前、戦後70年の2015年だった。当時、白泉社から戦後70周年に戦争マンガの読み切りを収録したムック「ヤングアニマル特別編集 戦後70周年記念ムック 漫画で読む、『戦争という時代』」が刊行され、武田さんは執筆者の一人として依頼を受けたという。

 「僕自身、元々ペリリューとは何の縁もゆかりもなかったんです。ムックの企画で『描いてみませんか?』と声を掛けられて初めて自分の中に『戦争か』『描いてみたいかもしれない』という思いが芽生えました」

 同ムックに監修として参加していたのが、後に「ペリリュー」の原案協力を務める戦史研究家の平塚柾緒さんだった。

 「平塚さんはペリリューの生還者の方々を多く取材された経験があり、ペリリューの戦いについてお話を聞かせていただきました。平塚さんのお話から、ペリリューで戦っていたのは、本当に自分たちと変わらない、普通の若者だったんだなと感じました。その時、『普通の若者が戦争に行っていた』ということを自分は描きたいと思ったんです」

 武田さんは、ムックの企画がスタートする以前、2015年4月に当時の天皇皇后両陛下(現上皇・上皇后)がペリリュー島を慰霊で訪れたという報道を目にしており、「自分もそこで初めてペリリューというものを知りましたし、話題としてタイムリーでもあったんです。その中で平塚さんのお話もあり、自分の中でもつながっていきました」と、ペリリュー島を題材にすることが定まっていった。

 白泉社のムックに収録された読み切り「ペリリュー玉砕のあと」は、連載「ペリリュー -楽園のゲルニカ-」のプロトタイプとなった。読み切りの時点で、主人公の青年・田丸、田丸の友人となる吉敷、上官の島田といったメインキャラクターやストーリーの骨格は出来上がっていたという。

 「この数十ページの読み切りを描くためにも、ものすごく調べ物をしました。調べていく中で、田丸、吉敷、島田について、もっと深く深く描いていきたいと思い、『連載させてもらえませんか』と申し出たのが『ペリリュー -楽園のゲルニカ-』の始まりでした」

 武田さんは、「ペリリュー」を描く以前も、自身の闘病記「さよならタマちゃん」、父と子の物語「おやこっこ」と、人間をリアルに描き出す作品で注目を集めていた。

 「その二つの作品がなければ、やはり『ペリリュー』はなかったと思います。実際、編集の高村(亮)さんが僕に声をかけてくれたのも、この可愛い絵柄で人間に向き合って作品を描いてきたからだと、自分は理解しています。戦争についてはもちろん知らないのですが、当時高村さんも『みんな知らない。みんな知らないから、一緒にちゃんと誠実に向き合っていく作業にしていくことになる』と語られていた。自分自身、そういう態度で作品には臨んだつもりです」

 ◇戦争に触れてもらうために「読みやすく」 功績係の存在

 「ペリリュー」は、史実を基にしたフィクションである。武田さんが「ペリリュー」を描く上で徹底的にこだわったのは、子供から大人まで幅広い世代に作品に触れてもらうための「読みやすさ」だった。主人公の田丸をマンガ家志望の青年という設定にしたのも、そのためだった。

 「読み切りの時は気弱な青年というだけだったのですが、連載化するにあたって、主人公にはもっとディテールが必要だろうと。しかも、70年も前(連載開始当時)の戦争のことなので、読者さんにも、ただ絵が可愛いだけじゃなくて、もっとつながれるものが必要だろうと思いました。それで、当時からあって、今もあって、子供たちにも身近であるということでマンガ家志望を選んだんです。戦争に行った兵隊さんというと、勝手なイメージで『国を守るため』など立派な思いを抱いた大人を想像するじゃないですか。でも、田丸を見たら違う。田丸が主人公なら、今の子供たちも入ってこれるんじゃないかなと思ったんです」

 田丸ら兵士の服装も、史実とは異なる部分がある。例えば、当時南方の兵士の服装は、半袖シャツに半ズボンだったが、作中では長袖に長ズボンで戦闘以外でもヘルメットをかぶっている。

 「マンガの視認性の問題で、キャラクターはパッと見て『兵隊さんだ』と分かるようなファッションを常にしていてほしいという。だから、いわゆる正確な時代考証を踏まえた描写に固執するつもりはありませんでした。それよりも、見た人に伝わりやすい描き方を心がけたつもりです。では、どこで真実性を担保するか?と。エピソードなど描かれていること自体は史実をベースにしたものではあるけれど、キャラクター周りはマンガに徹して見やすく描こうとしました。そこで分かりにくくしてしまうと、まず読んでもらえない恐れがあったので、そこは重視しました」

 田丸を「功績係」という設定にしたことにも、読者に向けたメッセージが込められている。功績係は、亡くなった仲間の最期の勇姿を遺族に向けて書き記す役割で、実際に功績係によって記された手紙が現存しているという。ただ作中では、戦闘ではなく、転んで石に頭をぶつけて亡くなった仲間について、田丸が勇ましく戦った末の死と“創作”し、手紙に書き記す場面が描かれる。

 「僕らはみんな戦争を知らないですよね。だから、僕も取材をして、いろいろな資料を見て『実際はこうだったんじゃないか』と想像して描くわけです。ただ、『資料を見る』のも、ただ見るだけじゃダメなんです。資料にある内容の背景まで見ないと、本当に見たことにならない。そういう意味で、当時の資料に向き合う僕ら現代人全員が、功績係の手紙に向き合うような意識でなければダメなんだろうと思うんです。表面的に見ると『勇ましく死にました』という手紙ですが、背景を知れば、そうではなかったことまで知ることができる。それがやはり戦争を実際に体験していない自分が描く上で、一番最初に提示しなければならないことで、読者さんにもそういう思いを持って作品を見てもらいたい。史実をベースにしているけれども、自分という作家のフィルターを通して出たものであって、イコールこれが歴史ではないんだよと」

 ◇当時の人の心情になれているか 向き合い続けた葛藤

 武田さんは、連載当初は、国内で集められる資料で猛勉強し、「ペリリュー」を描いていたが、連載途中でペリリュー現地へ赴き、実際に兵士がいた壕(ごう)を取材した。取材を重ねる中で、新たな事実が発覚し、ストーリーを変更することもあったという。また、ペリリューの戦いの生還者の一人である土田喜代一さんにも取材した。

 「土田さんは、戦争の話を、聞いているこちらに負荷のないように、ユーモアを交えて楽しく話してくださる方なんです。すごくしんどかった話もちょっとずつユーモアを交えて話してくださる。ただ、戦友の話になると、今まで笑顔で話していた土田さんが急に涙を流されて。『これが戦争を体験された方のリアルな心情なのか』と思いました。実際に土田さんがどのような体験をされたのかということは、研究者の方の取材で分かってはいるんです。でも、実際に会ってみると、土田さんの生の感情に触れることができる。それが本当に大きかったです」

 そうして綿密な取材を重ねるごとに戦地の描写はリアルさを増していったが、それでも「当時の人の心情になれているかどうかというのは、いつも自分の中では確信がないんです」と、常に葛藤していたという。

 「連載だと、1話描いたら、次の話を描くというように、自分の気持ちも1話ずつ区切られていくんです。ずっと自分が戦場にいる気持ちで日常生活は過ごせないので、描くとなったら、そっちに入り込むので、やはり自分の中ではオン、オフの切り替えがとても大変でした。それでも結局、自分が本当に当事者の気持ちになれているのか分からないんです。だから、調べて、考えて、描いては疑う。その繰り返しをずっとしてきました。所詮自分は知らない、ということとずっと向き合い続けなければならない。でも、できるだけ芯に迫ったものを描きたいと」

 そんな武田さんを支えたのが読者からの声だった。

 「読者さんから送られてくる感想がすごく励みになりました。自分たちが思っていたよりもきちんと理解して読んでくれていることを、すごく感じることができました。だからこそ、きちんと考えて描いたものは伝わると確信を持ちながら描くことができました」

 ◇戦争を知らない世代ができること

 戦争を知らない自分が戦争を描く。約10年にわたり、葛藤し続けてきた武田さんだが、「戦争を知らないからこそ描けるものがある」という思いもある。

 「客観視できるという意味ではそうだと思います。体験談と自分の描くものは、同じ事実がベースになっていても、やっぱり違うと思うんです。『ペリリュー』には、いろいろなキャラクターが登場するということも、その一つだと思います。キャラクターそれぞれの戦争というものに対する熱量の差、思いの差はバラバラなんです。そういうバラバラなものを描けるのは、客観視できる自分だからこそだと考えています。それが、体験者の方のように主観的に語れない代わりに、戦争を知らない世代の僕らができることなんだと思うんです」

 戦後80年の今年、「ペリリュー -楽園のゲルニカ-」は劇場版アニメ化され、マンガとはまた違った形で世に送り出される。

 「戦争のことって、触れるのは怖いですよね。その思いってみんなあると思うんです。戦争について詳しく知らなくても、それが苦しくてつらいものだということは分かっていて、実際にそれに触れると、とてもつらいことになりそうで避けてしまう。そうした思いは、みんなあると思うんです。僕も実際そうでした。それでも、そこを一歩乗り越えてほしい。『ペリリュー』は、なるべく見やすいように作ってはいると思うんです。だから、一つ勇気を持って、見てほしいです。実際に見たら、やはりつらい思いをするかもしれないけれども、それ以上に与えられるものがあると思って、今映画を作っています」

 「ペリリュー」がそうであるように、戦後80年を迎えてもなお、毎年戦争を取り扱う番組や作品は作り続けられている。

 「毎年やり続けていることに、僕は希望があると思っているんです。『忘れない』という思いが、ちゃんとずっとあると思うので。それは、普段戦争について触れない人の中にも少しはあって、それぞれ人生のどこかで戦争のことをもっと知りたいかもしれないと思うタイミングがあると思うんです。『ペリリュー』がそういうきっかけになってくれればいいなと思います」

提供元:MANTANWEB

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