ひゃくえむ。:元編集担当が明かす誕生秘話 “新鋭”魚豊の魅力 「とにかく人を面白がらせようと努力する人」

配信日:2025/08/19 13:00

劇場版アニメ「ひゃくえむ。」の一場面(C)魚豊・講談社/『ひゃくえむ。』製作委員会
劇場版アニメ「ひゃくえむ。」の一場面(C)魚豊・講談社/『ひゃくえむ。』製作委員会

 テレビアニメ化もされた「チ。 -地球の運動について-」で知られ、同作で手塚治虫文化賞マンガ大賞を史上最年少受賞した魚豊さんのマンガが原作の劇場版アニメ「ひゃくえむ。」が、9月19日に公開される。「ひゃくえむ。」は魚豊さんの連載デビュー作で、2018年の掲載当初はアプリ連載のみの予定だったが、SNSでの盛り上がりを受けて異例のコミックス化。陸上競技の世界で、「100m(メートル)」という一瞬の輝きに魅せられた者たちの情熱と狂気を描いた物語は、「心が熱くなる」「スポーツマンガで感じたことない感覚」と多くの共感と驚きを呼び、完結後も人気を集めている。そんな新鋭・魚豊さんと原作「ひゃくえむ。」の魅力、劇場版アニメ化の背景について、連載当時の編集担当の講談社・詫摩尚樹さんが語った。

 ◇高校時代のギャグマンガが始まり? 人間同士の「価値観」の描写が圧倒的にうまい

 --詫摩さんは魚豊さんの初めての担当編集と伺っています。

 僕が「週刊少年マガジン」編集部に所属していた当時、高校生だった魚豊さんが新人向けの月例賞に投稿してきたことがきっかけでした。投稿作は「校長先生の話が長くて体育座りしている生徒のお尻がだんだん痛くなる」という内容のギャグマンガで、面白かったので担当を希望して直接お会いすることになった。そこでいろいろ話していると、福本伸行先生(「賭博黙示録カイジ」などの作者)が大好きと聞いて、「だったらストーリーマンガを描いてみたら?」と提案したことを覚えています。

 魚豊さんの印象は、今も昔も「物事の捉え方が非常に面白い人」。彼が連載デビュー前に描いた、後の「ひゃくえむ。」につながる「100m」という読み切りがあるのですが、これは打ち合わせのなかで魚豊さんが2016年のリオデジャネイロ五輪を観た後、ウサイン・ボルト選手について語ったことがきっかけでした。魚豊さんいわく「ボルト選手は『足が速い』という一点で、ほぼ全てのものを手に入れている。いろいろなことを解決している」と。こんなこと、普通は考えませんよね? その発想のユニークさに僕は大笑いしてしまって。そこからすごい速さで読み切り版の「100m」を描いてきたことを覚えています。

 魚豊さんはその半年後、「佳作」というテニスマンガの読み切りで「週刊少年マガジン」の「新人漫画賞」という新人の登竜門で最も良い賞を受賞しました。一般的に、新人漫画賞で良い賞を獲ると、次は連載獲得を目指すことになるのですが、多くの新人作家さんと同様、魚豊さんも連載獲得にあたっては苦労しました。それまで全く描かなかったような題材を選んだりしたもののうまくいかず、再び100メートル走を題材に選んだ。それすらも当初は連載には届かず、魚豊さん自身、他誌に持ち込むことも考えていたようなのですが、さすがにマガジンの新人漫画賞で最優秀賞を獲った人に他誌で連載デビューされては困る(笑)。そこで「週刊少年マガジン」の増刊「マガポケ」の責任者にかけあって、連載を決めてもらったのです。

 --詫摩さんがこの物語に可能性を感じた理由は?

 単純に「作品の面白さに自信があったから」に尽きます。僕は、魚豊さんの描く「対決」が大好きなんです。マンガにおいて対決を描くということは、対決する人間同士の「価値観」を描くということなんですが、魚豊さんはその価値観の描写が、新人の頃から圧倒的にうまい。彼が初めて僕に読ませてくれたストーリーマンガは「パンチライン」というラップのフリースタイルバトルを描いた作品なんですが、それも本当に面白かった。そういう意味で、100メートル走という、極めて明確に個人と個人の「対決」が描かれる題材は、魚豊さんにはピッタリだと感じていました。

 ◇“人”ではなく“こと” 現象や題材から作品を生み出す

 --「ひゃくえむ。」は各キャラクターの心情描写も絶妙ですが、どのようにして出来上がったのでしょう。

 魚豊先生は、「こういう“人”を描きたい」ではなく「こういう“こと”を描きたい」という現象や題材から作品を生み出していくタイプの作家だと感じています。「ひゃくえむ。」の連載終了後に新作の打ち合わせを始めた時も「地動説ってめっちゃ面白くないですか?」というところから始まって、そこから主要なキャラクターやストーリーの流れについて話が進んでいった記憶があります。おそらく、魚豊さんは「面白い題材」を中心に据えつつ、そこに向き合うスタンスや主義の違いでもってキャラクターを描き分けているのだと思います。「ひゃくえむ。」においては「何のために走るのか?」から出発し、多くのキャラクターを生み出していったのではないでしょうか。

 --哲学的なセリフ回しも魚豊さんの特徴です。

 そうですね、出会った当初から言葉選びは個性的でした。魚豊さん自身の嗜好もあると思うんですが、以前「付き合いの長い友人たちと言葉遊びのような会話を延々と楽しむのが好き」というような話をしていて、そうした交流のなかでセンスが磨かれたのではないかと推測しています。あとは、映画をすごくたくさん見ている印象があります。連載がなかなか決まらない時期に、レンタルショップで映画を漁るように借りては見ていたと聞きました。本もすごく多く読んでいるみたいですね。

 ただ、魚豊さんを見ていて僕がすごいと思うのは、それだけ多くのものを吸収し、社会的な事柄などに問題意識を持ちながらも、自分がマンガとして表現する上では「エンタメ」を徹底して意識していることです。「重い話にはしたくない。暗くするのは誰でもできる」とよく言っています。読者を面白がらせるために、ひたすら努力できる人なんだと思います。

 ◇ヒット前から感じていた読者の“熱” つぶやきがバズりコミックス化

 --連載当初は書籍化の予定がなかったと伺いました。人気を実感したのはいつ頃でしたか?

 連載開始当初、マガポケでは他にスポーツマンガが存在しなかったこともあり、正直、マガポケ読者からの人気は決して高くありませんでした。でも、出版業界の人間やクリエーター、それからいわゆる「マンガ読み」と呼ばれるコアなマンガファンにはすごく人気があった。当時の週刊少年マガジン編集部には、校了後のゲラが置かれる箱があったんですが、そこから「ひゃくえむ。」を取り出して最新話を読んでは僕に「第〇話、めっちゃ面白かったっす」と感想を聞かせてくれることがあったり、魚豊さんがSNSで「単行本化されない」とつぶやいた瞬間に他社の方から僕の元に「ウチで出しませんか」と打診があったり、何というか、読者の静かながらも強い“熱”を感じていました。結果的に魚豊さんのつぶやきがバズリ、2019年に講談社から単行本化が決まりました、無事に(笑)。

 --2021年には「ひゃくえむ。」の劇場アニメ化のオファーが届きます。

 連載が終わって2年も経ったタイミングでいただいたお話に、驚きつつもすごくうれしかったことを覚えています。岩井澤健治監督の前作「音楽」のことも知っていて相性が良さそうだと思いましたし、正式に映画化が決まる前に、この作品とロトスコープの相性を検証するために「パイロット版」の映像を作るというアイデアも興味深かった。僕は2023年に「週刊少年マガジン」編集部を離れてしまったので、映画の打ち合わせに参加させていただいたのは最初の数回だったのですが、とにかく岩井澤監督とプロデューサーの方が頼もしくて。名残惜しくはありましたが、心配は何一つしていませんでした。映画も、きっと成功すると信じています。

 余談ですが、僕は初めて会うマンガ家さん、特に新人さんとお会いする時に、よく「10年後にどうなりたい?」と尋ねて、一緒に目標を設定するんです。魚豊さんは10年後の目標として「映像化」と言っていたんですが、「ひゃくえむ。」の映画化が正式に決まった際に、魚豊さんから「9年でかないました」と言われた時は、まるで自分のことのように魚豊さんと「ひゃくえむ。」を誇らしく感じたことを覚えています。

 「ひゃくえむ。」は、魚豊さんの連載デビュー作で、講談社のウェブマンガアプリ「マガジンポケット(マガポケ)」で2018~19年に連載された。陸上競技の世界で「100m(メートル)」という10秒に満たない一瞬の輝きに魅せられた者たちの狂気と情熱が描かれた。生まれつき足が速く、友達も居場所も手に入れてきたトガシと、つらい現実を忘れるためにただがむしゃらに走っていた転校生の小宮が出会い、次第に2人は100メートル走を通して、ライバルとも親友とも言える関係になっていった。数年後、天才ランナーとして名をはせるも、勝ち続けなければいけない恐怖におびえるトガシの前にトップランナーの一人となった小宮が現れる……というストーリー。

 アニメは、「音楽」で、米アニー賞にノミネートされた岩井澤さんが監督を務め、「音楽」を手がけたロックンロール・マウンテンが制作する。俳優の松坂桃李さんがトガシ、染谷将太さんが小宮の声優を務める。10月に北米でも公開される。

提供元:MANTANWEB

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