タコピーの原罪:アニメ化の覚悟 救済と成長を芯に 飯野慎也監督インタビュー
配信日:2025/08/02 9:00

集英社のマンガアプリ「少年ジャンプ+(プラス)」で連載されたタイザン5(ファイブ)さんのマンガが原作のアニメ「タコピーの原罪」の最終回となる第6話が8月2日、Netflix、Amazon Prime Video、ABEMAほか動画配信サービスで配信された。原作は話題作で刺激的なシーンもあることから、「アニメはどうなるのか?」という声もあったが、原作を忠実に再現しつつ、アニメならではの表現で多くのファンを魅了している。監督を務めるのは、「Dr.STONE」「Dr.STONE STONE WARS」の監督、「メイドインアビス」の助監督でも知られる飯野慎也さんだ。覚悟を持って「タコピーの原罪」をアニメ化したという飯野監督に、同作への思いを聞いた。
◇救いの物語であることをしっかり伝える
「タコピーの原罪」は、地球にやって来たハッピー星人・タコピーが、笑わない少女・しずかと出会い、彼女の笑顔を取り戻すため不思議な力を持つハッピー道具で奔走する……というストーリー。アニメは、「まっさら」の企画・アニメーション制作、「レーゾンデートル」のアニメーション制作などのENISHIYAが制作し、タコピー役の間宮くるみさん、しずか役の上田麗奈さん、まりな役の小原好美さん、東役の永瀬アンナさんら豪華声優陣の出演も話題になっている。
原作は、2021年12月~2022年3月に「少年ジャンプ+」で連載され、短期連載ながら同時期に連載していた作品の中で最高閲覧数を記録した。学校や家庭の問題など小学生の無情な現実が描かれたことも話題になり、コミックスは全2巻ながら、累計発行部数が145万部を突破した。飯野監督は連載終盤から同作を読んでいたという。
「タコピーが踏まれているコマをSNSで見かけて、いったいどんな話なんだろう?と思い、作品を読み始めました。1話ごとの引きが強く、次回が気になる終わり方なので、連載作として素晴らしいというのが第一印象でした。また、物語は現代的な構造をしているなと感じました。子供同士で起きていることや親との関係性は現実でもあり得ることです。王道であり、普遍性もあります。オチも独特で、キレイな解決をするわけではなく、問題の本質は変わらないけど、何かが少し変わる。登場人物の心持ちが少し変わるようなリアルな落としどころがすごく魅力的で、タイザン5先生の特性になっていると思います」
アニメ化することを考えて読んでいたわけではないが「アニメにするのは難しそうかも……。と思っていました。映像にするにして多くの人の目に触れるからには意義がないといけないですし、生半可な気持ちでアニメ化できない。覚悟が必要だと感じていました」とのことで、覚悟を持ってアニメ化に臨んだ。
「世間では露悪的と言われることもありますが、作品を読めば読むほどシーンそれぞれにしっかり理由があって、タイザン5先生が描きたいのは悪意ではないと分かります。ただ、世間では話題性が先行しすぎて、『タコピーの原罪』が救いの物語であることが伝わりきっていないんじゃないか。そういう思いもあり、アニメではそこをしっかり伝えていこうとしました」
◇タコピーが頑張る物語として
連載時、学校や家族の問題など、過激な表現ばかりに注目するメディアもあった。ただ、本質はそこにはないはずだ。アニメのプロデュースを手掛けたTBSテレビの須藤孝太郎プロデューサーは「相互理解、対話の物語」とも話していたが、監督にも同じ思いがあった。
「『タコピーの原罪』は、しずかちゃんとタコピーの異文化コミュニケーション、気持ちのずれ、お互いに理解し合うことの大事さを描いていて、対話がハッピーを生み出します。相互理解と異文化コミュニケーションをテーマにアニメ化をしていこうとしていましたが、実は制作中に少し変化した部分がありました。異文化コミュニケーションということもあり、最初はしずかちゃんを中心に物語を描こうとしていたのですが、色彩設計の秋元由紀さんから『この物語は、タコピーの成長物語なんじゃないですかね』という話があったんです。そのお話を受けて、確かにこれはタコピーが頑張る話だなと。そこから、舵取りが変わり、演出に芯が通ったところもありました」
「映像化不可能」と言われたこともあったが「映像にするのが難しいというよりは、物語の届け方が難しい」と考えていた。
「根幹は救済の話であって、悲痛な描写を楽しませたいわけではない。実は、アニメ化企画の立ち上げにあたって、しずかちゃんとタコピーのイラストを用意したのですが、一目で希望を感じるイラストであることを大事にしないといけないと思い、しずかちゃんとタコピーの周りに色鮮やかな花を描いたんです。子供たちを取り囲む世界を俯瞰するような目線で『タコピーの原罪』を表現しようとしました」
◇線や色のこだわり
アニメ化にあたって、原作をできるだけ再現することを大切にした。タイザン5さんの描く特徴的な線、繊細な表情などを再現しつつ、色彩や動きなどアニメならではの表現で、救済の物語を届けようとした。
「キャラクターデザインの長原圭太さんが原作に寄せたデザインに仕上げてくださり、長原さんの繊細なタッチでアニメが成り立っています。撮影ではマンガのペンのような処理を足して、線の強弱を付けてもいますが、やっぱり長原さんの絵の力が大きいんです。少し特殊なのですが、止め絵で原画の線をそのまま出しているカットもあります。例えば、第1話ですと、夜から朝に変わり、しずかちゃんが傷ついているシーンの顔のアップなどがそうです。長原さんの絵の力があってできることですし、力技なので量産はできないのですが。いろいろ模索した中で、やっぱり長原さんが直接描くと一番ニュアンスが出るんです」
背景を含めた色彩も印象的だ。マンガ、アニメ的な表現がありつつ、リアリティーも感じる。
「最初、僕は色で迷走していたんです。苦しんでいる時、大谷藍生君というアニメーターにカラースクリプトという役職で入っていただき、助かりました。大谷君は『負けヒロインが多すぎる!』などにも参加していている若いアニメーターで、夏の空や木などの自然を表現するのがすごく得意です。作品に彼の特性が合っているなと思い、カラースクリプトへの参加をお願いしました。大谷君に色のイメージをお願いして、美術監督の板倉佐賀子さんに背景をブラッシュアップしてもらいました。キャラクターの色は色彩設計の秋元さんにお願いしています。秋元さんの色はやっぱり目を引くんです。『サマータイムレンダ』や松本理恵さんが監督の『GOTCHA!』などにも参加されているのですが、“秋元さんの色”というものがあるんですよ。物語のテンションに合わせて色も暗く落としてしまうと、作品全体が暗くなりすぎます。自分としては、一歩引いて、作品を鮮やかに彩ってあげたかった。例えば、しずかちゃんは黒髪で黒目、服も白く地味な色合いなのですが、秋元さんはズボンを鮮やかな青にしてくれたんです。これで、しずかちゃんのデザインが成り立ったところもあって、想像以上の仕上がりでうれしかったです」
スタッフがしっかり作品の本質を理解し、愛を込めたからできたことも多かった。
「しずかちゃん、まりなちゃん、東君の家庭は三者三様です。それぞれの家をどのようにセットアップして、色を付けていくかは、美術監督の板倉さんと話を重ねました。東君の家は裕福なのでシック、しずかちゃんの家は分かりやすく汚れています。まりなちゃんは中流家庭でお母さんが手芸などをするだろうから部屋の一角に手作りのリースや写真立てがある。一見幸せそうな家庭に見えるようソファやカウンタースペースはどうするのか……と考えていきました。背景のちょっとした色味でそれぞれの家庭状況が見えてくるようにしようとしました」
よく見ないと気付きにくいかもしれないが、細部へのこだわりは確実に伝わってくる。さらに詳しく聞いてみると……。
「文房具もいろいろ考えたんです。第2話で、まりなちゃんがしずかちゃんにランドセルをぶつけるシーンがありますが、一瞬だけ文房具類が散らばります。文房具もまりなちゃんの趣味に合わせた色味になっているんです。クラスの人数分のランドセルもそれぞれ色を作りました。2016年当時の流行の色を取り入れています。スタッフの方々が原作を読み込んだからこそできたことです。スタッフの方々には高い熱量で作品に参加していただけました。また、各話のコンテ演出の方には本読みの段階から参加してもらいました。普段の作品作りでは監督、脚本、プロデューサー陣、原作の担当の方で本読みをするのですが、今回コンテ演出の方にも参加していただけたことで、自分が担当する話数への意識が強くなったんじゃないかと思います。第1話、第6話は僕のコンテ演出担当回ですし、全6話なので、ほかは4人しかいませんからね。スタッフが早く決まっていたからできたところもあります」
◇原作にあることは全部やろうとした
テレビ放送ではなく、配信のみということもあり「ブレーキをあまりかけなかった」とも明かす。
「原作にあることは全部やろうとしました。それが、原作をアニメ化する時に必要なことだと思っています。『メイドインアビス』の監督の小島正幸さんが僕の師匠なのですが、小島監督が『原作にあることは全部やる』とおっしゃっていて、僕も最初からそうしようと決めていました。『メイドインアビス』も原作にあることを全部描いているけど、一歩引いて主人公たちを見守るような視点があります。理想はこれだ!と感動したんです。その作り方をそばで見ていて感じたことを、僕もやろうとしました」
キャラクターの感情、時間の経過などを丁寧に表現しようとした。
「最終回でしずかちゃんとタコピーが二人で手をつないで歩くシーンがあります。原作では1ページで描かれているのですが、あそこに流れる時間を体感する時間があった方がいいだろうと思い、アニメでは点描を足しています。そのシーンで流れる音楽は映像に合わせて藤澤慶昌さんに発注しました。長めの尺で、ボーカルも入れて、見ている人がそれまでの出来事を飲み込めるような時間を作りました。その後、急に展開が変わっていきますし、その前に二人が和解した後の穏やかさを感じてもらうための時間を入れました」
6月28日に第1話の配信が始まると、SNSでは称賛する声があふれ、各配信サービスのランキングにも上位にランクインするなど支持を集めた。
「この作品に限らないのですが、自分としては反省点しか見えないんですよね。少しだけ自信を持てたのは最終回のダビングをした時でしょうか。音楽とシーンとのハマり方は少しだけうまくいったかな? 皆さんに喜んでいただけるとうれしいです」
アニメ「タコピーの原罪」は、スタッフ、キャストの思いに支えられて完成した。“覚悟”と“愛”が詰まったアニメになっている。
提供元:MANTANWEB