ムーンライズ:WIT STUDIO初の“スペースオペラ”誕生秘話 冲方丁×荒川弘×現場の作り手の化学反応 肥塚正史監督&河村崚磨Pインタビュー
配信日:2025/04/20 7:01

「進撃の巨人」「SPY×FAMILY」などで知られるWIT STUDIO制作のオリジナルアニメ「ムーンライズ」が、Netflixで世界独占配信されている。小説家、脚本家の冲方丁(うぶかた・とう)さんがストーリー原案、マンガ「鋼の錬金術師(ハガレン)」などで知られる荒川弘さんがキャラクター原案、「進撃の巨人」を手掛けた肥塚正史さんが監督を務めるなど豪華布陣によるSFアニメで、肥塚監督は「この作品はWIT STUDIOが創る初めてのスペースオペラだと思います」と語る。「ムーンライズ」はどのようにして生み出されたのか。肥塚監督、WIT STUDIOの河村崚磨プロデューサーに聞いた。
◇10年前の雑談から始まった
同作は、全ては国際AIネットワーク<サピエンティア>に委ねられ、人々がサピエンティアの合理的判断に従って生活を送る世界が舞台。サピエンティアが進めた月開拓事業は、汚染物や犯罪者を月に送ることで平和を保つ地球と、貧困な生活を強いられる月の格差を生み、独立戦争の火種となりつつあった。ある日、爆破テロに巻き込まれた主人公・ジャックは、地球からの解放を企てていた月の反乱軍によって家族を奪われる。復讐(ふくしゅう)を誓ったジャックは、地球軍の調査兵として仲間と共に月へ向かうことを決意する。
ことの始まりは、約10年前の肥塚監督とWIT STUDIOの和田丈嗣代表取締役社長との雑談だったという。
「和田は、企画プロデューサーと言いますか、僕だけではなく、いろいろな人に『どういう作品好きですか?』『どういうことをやりたいですか?』と雑談の中でリサーチしてくる男でして。僕がちょうど『進撃の巨人』の第2期の監督を受ける2014、15年くらいの時期に、そうした雑談を定期的にしていたんです。当時『スター・ウォーズ』のエピソード7、8が世に出て、僕の中で盛り上がっていたので、『そういうアニメは最近ないですよね』と。それを和田が気に留めてくれていて、『やってみましょうか』と話を持ってきてくれたところから始まりました」
「では、どういう形で作り込んでいくか?」という段階で、アニメ「シュヴァリエ ~Le Chevalier D’Eon~」から和田社長と付き合いのあった冲方さんが参加することになり、「アニメ化ありきで冲方さんに一緒のチームに入ってもらいました」と振り返る。
冲方さんが小説としてストーリーを書き進めていく中で、ビジュアル面の作り手として名前が挙がったのが荒川さんだった。肥塚監督は、「進撃の巨人」で作画監督を務め、「ムーンライズ」ではキャラクターデザインを担当した山田歩さんらと話し合い、「現場で描き手が描いていて楽しい人の絵、かつキャラクター性、パーソナリティーをふんだんに引き出せる人は誰だろう?と考える中で荒川先生にお願いしたいと。そこで、ご相談したところ引き受けていただけることになりました」と説明する。
冲方さんの小説がストーリーの大本にはなっているが、肥塚監督がシリーズ構成を手掛け、荒川さんも含めて作品は形作られていったという。
「冲方さんの小説は、大きい枠組みとしてはハードSFというジャンルなんです。そのため、人間ドラマは描かれているのですが、冲方さんいわく『世界を表現する』『世界を描く』というほうに大きな力を振っている。つまり、世界観やハードSFとしての面白さを表現するほうに振っている。我々としては、目指す頂は同じなのですが、同じ山を違う方向から登るような感覚でした。冲方さんは世界観を主に強く打ち出していて、ドラマ的なところは僕や荒川先生のエッセンスを入れる余白を冲方さんが残してくれているので、そこに我々がいろいろなエッセンスを足して、一つの物語としてまとめた形になりました」
◇化学反応を起こし高みに押し上げる 新たなアクションの開発
「ムーンライズ」は、全18話で、オリジナルアニメならではの先の読めない展開も魅力の一つとなっている。河村プロデューサーが制作の上で軸としたのは、先の読めない展開を「いかに楽しく見てもらうか」だったという。
「全18話のオリジナルアニメとなると、視聴者は次の展開を知らなかったり、キャラクターのパーソナリティーを理解していない上で見るので、どうしても回ごとに理解度の深さのずれが出てしまうと思います。そのずれがある中で、いかに楽しく見てもらうか。そのバランスを考える中で、やはり映像としての質の高さを目指すしかない。平均値を高めるために、話数ごとのスタッフィングは丁寧にやっていきました。例えば、キメ回にメインスタッフをごっそり入れるパターンはよくあると思うのですが、『ムーンライズ』に関しては、優秀なスタッフが非常に多かったこともあり、話数ごとにフリーランスのスタッフにも頼みつつも、社内の信頼できる方に必ず数人は軸として入っていただきました。外せない回に関しては、いろいろな方に入っていただく形で、話数ごとの質を一気に上げていただいたと思っています」
かたや、肥塚監督が最も意識したのは、豪華クリエーターでオリジナル作品を作るがゆえの“化学反応”だった。
「僕もこの作品をやるまで原作ものを多くやっていたので、与えられたものではなく、一人一人が出したアイデアに対して、どうすれば化学反応が起こって、より高みに押し上げることができるかということはすごく意識しました。冲方さん、荒川先生にご参加いただくことを相談したことが、まさにその最初の一つなのですが、本来あまり交わることのないであろう人たちのいいところをぶつけて化学反応を起こす。それと同じように現場でも、冲方さんの作り出した設定の中で、我々はどんなアクションをアニメで見せるのか。そうした開発は、当然画(え)作りや外連味(けれんみ)に関わってくるので、WITで何度も何度もディスカッションしました。僕やキャラクターデザインの山田歩、アクションを担当した江原康之と、現場のアニメーターの意見を、冲方先生が作り出した設定とどうぶつけて化学反応を起こすのか。一つ一つのみんなの意見を丁寧にくみ上げてまとめていくことによる化学反応を一番大事にしていました」
そうした化学反応の一つとして生まれたのが、月面下でのアクションだという。作中では、地球の6分の1の重力しかない月では、体に衝撃を受けた時の反動を制御する“ブラッシュ”という機能を使って主人公たちは戦う。また、質量が変わらなければ物体を別の物体に作り替えることができる“エングレイブ”というテクノロジーを使い、武器の種類を自在に変えるシーンも描かれる。
「アクションを描く上では、サイエンスフィクションとしての理屈はぶれてはいけないというのが前提にありました。エングレイブというワード、ギミックは冲方さんの小説の最初に出てくる言葉なんです。その根っこを大事にして、丁寧にアクションとして見せるためにはどうすればいいか?と考えていきました。ただ、そのアイデアを現場の絵描きさんたちに共有するのが結構難しかったです。そこは、『進撃の巨人』から長く一緒にやってきたメンバーが参加してくれていたので、現場で会話とディスカッションをしてくれて、その会話が最初の第1~6話くらいはすごく大切でした。それが後々、若いスタッフや、途中から参加してくれるスタッフに共有されていきました。『進撃の巨人』からやってきた仲間が土台にあったので、そういうコミュニケーションが非常にやりやすかったというか、モチベーションの高いスタッフが最初からいてくれたのが功を奏しているなと思います」
肥塚監督は、アフレコについても「僕のキャリアの中では一番新しくて、エキサイティングな現場だった」と語る。
「第1話から順番に収録していくわけですが、役者の皆さんは台本を渡された時にやっと話が分かって、次の話がどうなるかも知らないし、我々も教えない。キャラクターたちが戦場に放り出される中で、自分が演じるキャラが最後まで生きているのか死ぬのかも分からない緊張感の中でやっていただきました。少ない情報の中で、おのおのの役者さんがキャラクターの造形を作り込んで、緊張感を持ってこの作品に命を吹き込んでくれました」
◇WIT STUDIOがすごい理由
ストーリー、画作り、声優陣の演技とオリジナルならではの難しさに挑み制作された「ムーンライズ」。肥塚監督は「冲方さん、荒川先生、そしてWITのそれぞれの個性が、最高の形での化学反応を起こした自信作になったと思ってます。若手の方も含めた多くのキャストの方が命を吹き込んでくれた中で、個人的にすごくうれしかったのは、その上でさらにアイナ・ジ・エンドさんが声優として参加してくれたことにより、今まで経験したことのない化学反応がさらに加算されたと思っています。ぜひ多くの方に見ていただきたいなと思います」と力を込める。
最後に河村プロデューサーにWIT STUDIOの魅力、強みを聞いた。
「WITは、出会いを大事にする会社だと思っています。というのも、古くはProduction I.G時代に弊社取締役の中武哲也、和田丈嗣が携わった『ギルティクラウン』という作品で集まったメンバーが『進撃の巨人』に繋がって、さらに別のいろいろな作品で出会ったクリエーターの方たちとの繋がり、出会いもすごく大事にしていると思います。それから年数を経て、新しいオリジナル作品に挑戦しようという時に当時主軸だったメンバーが必ず集まってくれる体制を整えられる会社だと思っています。結果、各クリエーターのパーソナリティーや得意なこと、一番筆が乗る部分を理解した上でスタートできることが、WITとしての強みだと考えています。やはりアニメはチーム作りだと思いますので、最初から高い信頼が生まれてるからこそ、いいフィルム作りができる。そんなスタジオなんじゃないかなと思ってます」
スタッフ、キャスト一人一人の“いいところ”を最大限に生かし、化学変化を起こしたNetflixシリーズ「ムーンライズ」。渾身の一作を堪能したい。
提供元:MANTANWEB