劇場版モノノ怪:中村健治総監督インタビュー(1) 第二章「火鼠」で描く“合成の誤謬”の救い

配信日:2025/03/16 8:31

「劇場版モノノ怪 第二章 火鼠」の中村健治総監督
「劇場版モノノ怪 第二章 火鼠」の中村健治総監督

 2007年にフジテレビの深夜アニメ枠「ノイタミナ」で放送された人気テレビアニメ「モノノ怪」の完全新作劇場版三部作「劇場版モノノ怪」の第二章「劇場版モノノ怪 第二章 火鼠」が、3月14日に公開された。三部作は「合成の誤謬」をテーマとしている。合成の誤謬は、個人にとっての正解と集団全体の利益は必ずしも合致しない、という経済用語で、「劇場版モノノ怪」では大奥を舞台に個と集団の摩擦、ズレから生まれる“モノノ怪”を描く。新人女中のアサとカメを中心とした物語が展開した第一章「唐傘」を経て、第二章ではどのように合成の誤謬を表現しようとしたのか。中村健治総監督に聞いた。

 ◇正しさが設定しづらい現代 合成の誤謬を描く理由

 「モノノ怪」は、2006年にノイタミナで放送された「怪~ayakashi~」の一編「化猫」から派生したテレビシリーズ。薬売りの男がモノノ怪に立ち向かう怪異譚(たん)で、スタイリッシュなキャラクターデザイン、和紙のテクスチャーなどCG処理を組み合わせた斬新な映像が話題となった。テレビシリーズを手掛けた中村総監督は、新作劇場版では、新たな「モノノ怪」を作ろうとした。なぜ「合成の誤謬」をテーマにしようと考えたのだろうか。

 「テレビ版は、どうしても映像の時間的限界で。薬売りは『形』『真』『理』を得て退魔の剣を抜くことができるのですが、テレビ版では個人的な情念の話までが扱うお話の範囲の限界だった。抽象的に言うとミクロの話をやっていた。それが劇場版になると一気に見ていただけて、さらに映像尺が伸びることで、個人の話もやりつつ社会の話にも触れて、その中のズレを描く。テレビ版では個人の心のありようがそのまま情念になっていたのが、今度はマクロの状況とミクロな自分が摩擦を起こして、そこに情念が生まれるという。本人は成仏していても、気持ちだけがその場に残って、それがモノノ怪になってしまう。“社会の中の個人の情念”というように拡張できるということでテーマを設定しました。これが、劇場版の尺、スケールだからできるリッチな『モノノ怪』の可能性でした。『モノノ怪』のフォーマット、ドラマの可能性を今『劇場版』という場で拡張しておくことをやっておきたかったんです」

 舞台は大奥ではあるが、個と集団のズレは現代とも通じるものがある。中村総監督は「僕らも大奥みたいな精神空間に生きていると思う」と感じているという。

 「作中で起こっていることは、別に大奥だから起こっているわけではなくて、僕らの社会でも起こっていること。SNSなど自分が見えている範囲の中でいろいろ起こっているのはみんな分かっている。ただ、その外側含めた全体が見えている人はなかなかいないと思うんです。地球の裏側の人までつながることができるこの時代に、似た者同士が固まった集団があって、その中で説明すると長くなるんだけど面倒臭い問題も起こったりする。『劇場版モノノ怪』は、そんな世界をカリカチュアしたものの一つかなと」

 作中では、それぞれの立場のキャラクターの“正義”のズレも描かれるが、現代は「正しさが非常に設定しづらい」と語る。

 「むしろ感情的な部分での正しさは、一番簡単に規定できる。例えば、傷ついてる人がいて、その人をみんなが『かわいそう』と思ったら、傷つけた人は悪いやつになる。一方、傷ついてる人に対して、みんなが『自業自得』と思ったら、傷ついてる人が悪いやつになる。でも、それって、本当に簡単にひっくり返る。不思議なのは、起こっている事実は変わっていないのに、どうして切り口でこんなにも人がバカにされたり、同情されたりするの?と。それが残念というか、みんな『もうちょっと落ち着いたほうがよくないか?』と思っています。集団は感情もありますが、主に理屈で動くので、理屈と感情の間にはこんなに距離があるよ、という話かなと考えています。合成の誤謬をアレンジした解釈ですね」

 ◇個と集団がハマる瞬間 今の世に降臨してほしい大友ボタン

 第二章「火鼠」では、天子の世継ぎを巡り、大奥の家柄同士の謀略と衝突に焦点を当てたストーリーが展開する。天子からの寵愛を一身に受ける町人出身のたたき上げの御中臈・時田フキと、老中の娘・大友ボタンがメインキャラクターとして登場し、規律と均衡を重んじるボタンとフキが衝突することになる。

 「大奥にはルールがあり、そのルールを作っている側の人間がいる。でも、ルールと個人の気持ちがきれいにそろうわけではない。そこに摩擦が生まれるので、要は構造の問題なんです。フキに関して言うと、大奥のルールと外側の老中たちのルールという二重構造のルールに縛られている。そういう構造の中でフキがいろいろな壁にぶつかっていく。第一章は、合成の誤謬の集団側の言葉を歌山が代弁していたんですけど、今回は老中やボタンが代弁している。ただ、ボタンがだんだん自分の考えていた集団のロジックがおかしいということに気付いて、自分が信じていたものを作っている人たちを否定するという展開があるのが第二章の変化です」

 集団側だったボタンが合成の誤謬の“ほころび”を見つけることが、第二章の一つの肝となるという。

 「ボタンの『おかしい』が、なぜかすごく個人の気持ちともシンクロするんです。ボタンは、大奥がちゃんと運営されるため、太平の世が続くためという高い目線でしゃべっているんです。でも、それがなぜか、ずっと自分の“お気持ち”を言いながらイライラしていたフキとハマる瞬間がある。だから、合成の誤謬も残酷な話ばかりではなくて、うまくいく瞬間が多分あると思うんです」

 「ただ、うまくいく瞬間は短い」と説明する。

 「すぐダメになるから、すぐ修正しないといけない。でも、一度うまくいったものはみんな大切にしちゃうから、結果、劣化して、老害などいろいろな現象が現れてくる。それで、生きてる人たちが『こんなものいらない』と思ってしまう。そうしたことを繰り返しながら、ゆっくりまともな仕組みに向かっていく。私たちはその途中の苦しいターンにずっといるんだろうなと。そこでボタンみたいな人がたまに出てきてくれないと世界は変われない。そういう意味でボタンはすごいですよね。今の世にほしい。ボタン、降臨してくれ!みたいな(笑)」

 第二章では、合成の誤謬の救いの一端が見えるといい、「第一章が新人たちの話で、第二章は中堅たちの話。だんだん目線が上がっていくんです」と語る。

 インタビュー(2)へ続く。

提供元:MANTANWEB

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