『四月は君の嘘』の名言は静かに深く、記憶に残る。
更新日:2016/09/16 10:00
「四月は君の嘘」 (新川直司/講談社) は元天才ピアニストの少年が、一度は音楽を離れるものの、周囲に支えられて再起していく過程を情緒豊かに描き、2013年に講談社漫画賞少年部門を受賞。
また原作の完結に合わせて、2クール22話をかけたアニメ化も大成功。
原作完結から1年を過ぎましたが、2016年9月10日には実写映画も公開され話題となっています。
今回は、いつまでも読者の心に残り続けるそんな名作を、キャラクターたちが苦しみながら、もがきながら発したセリフを振り返りながらご紹介します。
『四月は君の嘘』とは……
「四月は君の嘘」 (新川直司/講談社) を語る上ではじめに、絵の雰囲気や断片的な情報から、「泣ける話ね」と決めつけるのは違う、ということだけはお断りしておきたいのです。
簡単にあらすじをまとめると、天才ピアニスト少年だった主人公の有馬公生は厳しいレッスンを強いていた母親の死が引き金となって、ピアノが弾けなくなっていました。
そして中学三年の春に、同じ学校のヴァイオリニスト、宮園かをりと出会います。
破天荒なかをりは、コンテストで自分の伴奏者に公生を選ぶなど、とにかく公生にピアノを触らせようとしてきます。
そんな風に振り回されているうちに、公生はかをりのことを考えるようになりますが、そもそもかをりは公生の友人、渡亮太を好きで、さらに公生を弟のようなものと言い張る幼なじみの澤部椿もいて――。
という複雑な人間模様もあります。
しかしそういった恋愛模様も本作の主軸とは思えません。これは音楽を題材にした、とてもストイックなスポ根もの、というように読めました。
スポ根とセンチメンタリズムの両立ですから、大変魅力的な作品だというのも当然だと思います。
有馬公生の心境
母親からのスパルタ指導で、とてつもなく正確な演奏をしていたピアニストの少年です。
しかし母親の死後、ピアノを演奏していると音が聞こえなくなるという状況になってしまい、ピアノからは遠ざかっています。
そんな彼がかをりをはじめ、様々な人とふれあうなかで気づき、話していく名言を見ていきましょう。
「君の演奏を聴いて あわてて花を買って渡した今日のことは 忘れられないよ」
宮園かをりが、コンテストとは思えないようなインパクトのある演奏で観客を魅了して、小さな子どもから花をもらったときの公生がつぶやいた感想です。
人間メトロノームといわれるような公生とは真逆の演奏が、彼の心に届き始めた瞬間でもあります。
「あの日から 僕の世界は鍵盤でさえ カラフルになっていたんだ」
本作中で、音と並んで用いられる印象的な言葉に「モノトーン」と「カラフル」があります。
このセリフは、ずっと世界がモノトーンでしか見えていなかったという公生が、色を取り戻していくきっかけを自覚した瞬間ですね。
「楽譜は神じゃないよ 完璧でもない 人間が産み落としたとても感情的なものだ」
物語も終盤で同門となる女の子、凪を指導するように師匠に言われた公生が、楽譜についての見解を説明するときのセリフです。
楽譜にどこまでも忠実な、コンテストに特化した演奏家といわれていた公生がこんなことを言うのは、意外でもあり作品を深くしています。
「僕の友達を好きな女の子なんだ」
おなじく凪に宮園かをりのことを訊ねられたときの返答です。
この公生の認識は、これまでも何度も繰り返して登場し、彼らの人間模様をより複雑で魅力あるものにしています。
「僕の友達が言ってたよ 君の人生で ありったけの君で 真摯に弾けばいいんだよって」
学園祭で演奏する凪が、入れ込みすぎて硬くなっている時に公生がかけた言葉です。
宮園かをりの言葉が、公生の中にちゃんと根付いている様が読み取れる素敵なシーンですね。
宮園かをりの至言
有馬公生の友人、渡亮太を好きだから紹介してもらったという形で公生の前に現れたヴァイオリニストの少女です。
メトロノームのようだといわれている公生とはまるで違う、たいへん情熱的な演奏スタイルをとっています。かをりには、とある秘密があり……。
そんな彼女が発する言葉は読者の感情を揺さぶるものばかりです。
「友人A君を私の伴奏者に任命します」
公生と出会ってすぐの頃、コンテストの伴奏者をお願いしたときのセリフです。かをりは公生の友人、渡亮太のことが好きで、公生はその友人Aと紹介されていました。
とても強引で、決めたことに一直線な宮園かをりらしい誘いかたですね。
「聴いてくれた人が私を―― 忘れないように その人の心にずっと住めるように」
同じく公生と出会って間もない頃に、コンテストの伴奏者をお願いしているシーンから。
ここではかをりが、最初に誘ったときのふざけた様子はなく、自分が演奏する意味を真剣に語ります。このすぐあとにも、心揺さぶる名シーンが続きます。ぜひ本編で続けて読んでみてください。
「私を見て 顔を上げて私を見て 下ばかり向いてるから 五線譜の檻に閉じ込められちゃうんだ」
コンテストで伴奏を無理矢理させられることになって、無理だ無理だと譜面とにらめっこしている公生に突然頭突きをしたあとの、かをりのセリフです。
この、顔を上げようという言葉もまた、このあと幾度も困難に直面する公生を救うことになります。
「君はどうせ君だよ」
「自分は母親の操り人形だといわれていた。自分は母親の影だ。」と思い込んでいる公生にかけたかをりの至言です。
この前段にある「君らしく」というフレーズに悩まされている人は公生に限らず多いのではないかと思うのですが、そんな人たちに届いて欲しい言葉ですね。
「君は あがかないの? 私達 あがくの得意じゃない」
東日本ピアノコンクール本選を直前に、とある理由でふたたびピアノに触れなくなってしまった公生を激励した時のセリフです。
さすが宮園かをりというか、絶対に「頑張って」などとはいわないのですね。同じ演奏家として、あがくべき、と公生に語りかけます。
澤部椿の心痛
有馬公生の幼なじみで、家も隣のスポーツ少女です。家が隣、部屋が向かい合っているというのは、お色気発生装置ではなく、ふたりの関係性のメタファーです。
あまりに近すぎて、常に傍にいる存在として描かれているふたりは、互いに弟のようなもの、姉のようなものと認識しています。そんな関係が大きく揺らいでいく様子を、彼女の言葉からみてみましょう。
「時間って止まるのね」
公生がピアノを弾くことをやめてしまった。その事実を受けての椿の言葉がこれです。そして、変化を呼ぶためにピアノを弾いて欲しいという願いを口にします。
この「時間」というキーワードは、重要な場面でこの後も椿の口から語られます。
「ススメ 踏み出せ 私―― 私の時間 動け――」
公生にはピアノを弾いていて欲しい。でも、常に側にいて欲しかった公生を音楽は遠くに連れて行ってしまう。というジレンマを抱えての椿の独白です。
ここでも椿のキーワード「時間」が登場していますね。
「踏み出してやったぞ 女の子として 意識させてやったぞ」
ずっと、姉弟のようなものと、自分にも言い聞かせるようにしてきた椿と公生の関係ですが、ついに椿が踏み出した瞬間のセリフです。
その前の「バーカ」や「ザマーミロ」は照れ隠しのご愛敬でしょうね。
渡亮太の哲学
サッカー部のキャプテン、モテ男として描かれている少年です。
実際モテますが、有馬公生の誠実さを引き立てるための軽薄男ではなく、公生とはまったく別の視点から気の利いた言葉をかけてくれます。
モテ男ならではの、そんな彼のセリフをご紹介します。
「心魅かれるコに好きな人がいるのは当然 恋をしてるからそのコは輝くんだもん」
かをりのことが頭から離れず、音楽室で雑念を払っていた公生にたいして渡がいったセリフです。
好きな人に別の好きな人がいるのは当然、というスタンスは作中でたびたびセリフを引用された「ピーナッツ」(チャールズ・M・シュルツ)の人間関係にもそのまま当てはまり、「四月は君の嘘」 (新川直司/講談社) 四月は君の嘘のベースとなる哲学のようにも思えます。
「無理かどうかは 女の子が教えてくれるさ」
同じく音楽室で公生との会話の中でのセリフです。渡がモテるのは納得できたけど、自分には無理と決めつける公生に、それは相手が決めることだ、と諭しています。
ただ、容姿や運動神経に恵まれてモテるだけの少年とはひと味違う、渡亮太の魅力が溢れる言葉ですね。
「スーパースターに挫折はつきものさ 逆境でこそそいつが本物かどうか 分かる」
なんとかピアノを再開した公生だが、相変わらずふたたび音が聞こえなくなることの恐怖におびえている。そんな公生に渡がかけた言葉がこれです。
なかなか肝の据わったすごい言葉ですが、このあと「だってよ 星は夜輝くんだぜ」と続き、とどめを刺します。
公生のライバルたちの覚悟
最初にお断りしたように、「四月は君の嘘」 (新川直司/講談社) 四月は君の嘘という作品には、音楽を題材にしたスポ根的な要素があります。
コンテストの場面では、公生を強烈に意識しているライバルたちが登場します。
特に小学生の部から競い合っている相座武士や井川絵見などは、もう公生のことを愛しちゃっているのではないかと思うほど強く意識していて、彼らがピアノを離れてしまっていた公生に向ける言葉には深い意味を感じます。
「戻ってこい 私が憧れた―― 有馬公生」
有馬公生を徹底的に否定してやる、と息巻くライバル、井川絵見の本心がのぞく言葉ですね。
天才だが気まぐれ、という絵見をここまで引きつける公生の天才ぶりもまたここで強調されてきます。
「俺の目標は有馬公生です あいつの出るコンクールです」
もうひとりの同年代ライバル、相座武士が師匠から海外のコンクールへ参加してはどうかと打診されたときのセリフです。
この時、相座武士の脳裏には幼い頃の公生の姿がはっきりと映っていて、深い印象を残していることがうかがえます。
スヌーピーから使われている名言
いわゆる気の利いた言葉がちりばめられている本作ですが、宮園かをりは時折『ピーナッツ』、のキャラクターたちの名言をつぶやきます。(日本では『スヌーピー』といわれることが多いですが)
どのような言葉が選ばれているか、ここで一部ご紹介します。
「海図にない海を帆走するには勇気が要るのよ」
音が聞こえなくても弾けることを証明しろ、と公生に要求する宮園かをりがいったスヌーピーのセリフです。
なかなか日本的ではない言葉かもしれませんが、彼らにはピッタリですね。
「気が滅入ってる時はほおづえをつくといい 腕は役に立つのが嬉しいんだ」
私達は作曲者ではないのだから、君は君らしく弾けばいいと公生を励ましたあとに引用されたチャーリー・ブラウンのセリフです。
突然のボディタッチにドキドキしている公生に伝わったかどうかわかりませんが、いい言葉ですね。
「ぼくがいつもそばにいて助けてあげられるとは限らないんだよ」
同じくチャーリー・ブラウンのセリフから。
公生との会話の直後、まだすぐ傍に彼がいる場面ですが、誰に向けたものでもなく、かをりが自分自身で確認するかのようにつぶやく、意味深な場面です。
複雑に絡み合った人間模様と、切なくしんみりする生き様を、名ゼリフで振り返りましたがいかがでしょうか?
「四月は君の嘘」のセリフは、どこか洋画的というか、翻訳のような不思議な長さだという印象を受けますが、クラシック音楽という題材とあいまって、大変ロマンチックで魅力ある雰囲気の作品になっていると思いました。