“透明なゆりかご”に揺られた、消えゆく命を見つめながら

“透明なゆりかご”に揺られた、消えゆく命を見つめながら

更新日:2016/07/15 10:00

妊娠したら、10ヶ月後に赤ちゃんが誕生する―それが当たり前だと思っていませんか?

「陣痛は痛い」「出産は素晴らしい」そんな漠然とした認識はあるものの、実際はよくわからない。なぜなら出産は、一人一人違うからです。

今回ご紹介する「透明なゆりかご 産婦人科医院看護師見習い日記」 (沖田×華/講談社) は、産婦人科医院で、出産の“別の顔”を描いたエッセイ漫画。

主人公は、自身の発達障害に関して数冊の著書がある漫画家・沖田×華(おきたばっか)さん。看護学科で勉強をしていた学生時代に、産婦人科医院で見習い看護師として働いていたときのことを綴ったのが本作です。

かわいらしい絵柄なので、ほのぼの産科エッセイなのかと思いきや…。違った意味で裏切られます!

「透明な子」にしない、それは大人だけができること

【透明な子】めちゃコミック第6話~

近所の本屋で知り合った作者の友達、小学校5年生の女の子・カナちゃん。母親は、暴力を振るう父親と離婚しており、カナちゃんが3年生の時に、堅実な人と出会い再婚します。

ある日、学校から帰ってきた娘の様子がおかしいと感じた母親は、産婦人科医院に電話相談。作者の勤める産婦人科医院に、母親に付き添われて来院して検査をしたところ、カナちゃんは性的虐待を受けていたことがわかったのです。そして驚くべき結果が…。

カナちゃんの傷口は被害直後であったにもかかわらず炎症反応が低く、何度も性的虐待が繰り返されていた、という事実がわかったのです。

患者と話すことは規則で禁じられていましたが、作者はカナちゃんに問いかけてしまいます。そして性的虐待は、母親の再婚相手の男性から受けていたことが判明。

カナちゃんは、今のパパと再婚したことによって母親の笑顔が増えた、その笑顔をママから奪いたくないという気持ちで、本当の事を話せずにいたのでした。涙ながらに真実を母親に告げるカナちゃん。傷は深く、カナちゃんと母親は7年間も自分を責める日々を送るのでした…。

性的虐待は被害者が「自分が悪い」と追い詰めてしまうことが多い。だからこそ、真実を受け止められるように、透明な(自分を押し殺してしまう)子にしないようにしよう、と誓った作者なのでした。

子供は、想像している以上に親を守ってくれているのではないでしょうか。自分の心や身体が傷つけられても、親が傷つく姿を見るくらいならとガマンしてしまうのです。そうした目に見えない傷は、何年も心に住み続けます。

時間は掛かってしまうかもしれませんが、その傷に寄り添う事が大人の務め。“あなたは悪くない”それこそ私たち大人が繰り返し伝えるべき言葉でしょう。

怒りの中に込められた、「もう一度信じたい」という想い

【不機嫌な妊婦】めちゃコミック第17話~

会うたび作者にすさまじい剣幕で文句を言うのは、妊婦の阿部さん。

作者は、阿部さんの前でミスしたくないと意識すればするほど、彼女の前で失敗を繰り返してしまい、阿部さんから激しい怒りを買ってしまいます。激しい叱責にどんどんやる気をなくす作者。もう辞めてしまったほうがいいのかもしれない、と思ってしまうほど落ち込みます。

ところがその翌週、ある患者を見舞う阿部さんの姿を発見します。その患者とは、阿部さんの夫でした。阿部さんの旦那さんは軽い虫垂炎で入院したものの、手術中の麻酔の事故で植物人間状態になってしまっていたのです。

阿部さんがいつも不機嫌なのは、医療ミスによる病院への不信感から来るものでした。

そんなある時、まだ妊娠7ヶ月の阿部さんが「出産したい」と病院へ。夫が危篤状態に陥り、今出産しないと夫に会わせることができない、と涙ながらに訴えます。もちろん先生や看護師たちは必死に止めようとするのですが…。

妊娠が発覚し、誰よりも喜びを分かち合いたい夫が植物状態に。健康状態だったら、手を取って喜んでくれたかもしれない。胎児ネームを決めて、毎日お腹に語りかけてくれていたかもしれない。行き場のない怒りや喪失感を抱えながらお腹の胎児を育てることは、想像すら容易ではありません。

“怒り”の奥底には悲しみがあるから、いくら怒っても気が晴れることはない。けれども、再び病院を信用することでしか苦しみから解放されないこともわかっている。阿部さんの怒りは単純なものではありませんでした。

「赤ちゃんの顔を見たら、夫は再び目を覚ますかもしれない」とかすかな希望を持ち、出産に臨む阿部さん。生まれた赤ちゃんを眠る夫の腕に抱かせるシーンは、早く目覚めて欲しい、と願わずにはいられません。

何があっても娘の味方

【14歳の妊娠】めちゃコミック第19話~

小学生時代の家庭教師・あっちゃんから相談を持ちかけられる作者。なんとその内容は、自分が家庭教師をしている女の子・真理ちゃんが妊娠しているかもしれない、とのこと。

彼女はまだ14歳の中学生。作者の働く産婦人科で、妊娠しているかどうか検査を受けることに。そして結果は陽性、思っていた通り妊娠していることがわかります。

驚くべきことに、中学生の妊娠は珍しいことではなく、この年はすでに3人もの中学生がこの産婦人科医院を訪れて中絶手術を受けていました。

子供ができたから大好きな彼と結婚できる、と無邪気にはしゃぐ真理ちゃん。しかし、相手は出会い系サイトで出会った、“自称”大学教授の男。迎えに行く、挨拶に行くと電話で話してきたものの、それっきり音信不通に…。

始めは中絶を促す真理ちゃんの母親でしたが、娘の強い意志に「産んでもいい、パパ(夫)は私が説得するから。」と味方になってくれます。ただし、子育てが落ち着いたら高校へ行く、という条件付きです。

それから半年後、母親の甲斐甲斐しい協力もあって真理ちゃんは無事に男の子を出産。中絶をさせたがっていた父親も、赤ちゃんを見て感動の涙をこぼします。そんな中、真理ちゃんの母親は、心筋梗塞で帰らぬ人に…。

この作品では、中学生の妊娠と母から娘への愛情が描かれています。

驚いたのは、中学生の妊娠はそれほど珍しいものではないということ。ドラマやマンガの中の出来事だと思っていましたが、想像以上に中学生の妊娠は多いのかもしれません。

娘が妊娠してしまったのは自分のせいだと泣き崩れていたお母さんが、「産んでもいい」と中絶同意書をビリビリに割くシーンは印象的。自分だけは娘の味方であろうという決意に、“母は強し”とはまさにこのことかと思いました。

出産後は、赤ちゃんが泣きじゃくって手がつけられない、あやしても全く眠らない、ということが続くかもしれません。それでも、かわいく笑う姿やスヤスヤと穏やかに眠る我が子の寝顔を見ると、心の底から幸せだと思うのでは?

母親の幸せは「子供が幸せになること」。子供の幸せそうな笑顔に勝るものは何もないのかもしれませんね。

上記以外でもオススメの作品があるので、ご紹介します。どれも心に響く作品ばかりですよ!

【野良妊婦】めちゃコミック第2話~

健康保険証や母子手帳など、身元がわかるものが一切ない状態で駆け込んできた「野良妊婦」、田中さん。

生まれた赤ちゃんはDM児(新生児糖尿病)。普通の赤ちゃんよりおっぱいの吸いが弱い、すぐ低血糖になってしまうなどの症状があります。

通常とは違う産まれ方をした赤ちゃんだとしても、愛情を持たない親はいない…そう信じたいと思わせる作品です。

【小さな手帳】めちゃコミック第9話~

作者の小学校のときの同級生で、ミカちゃんという女の子がいました。彼女は母親から虐待を受けていて、ある日突然いなくなってしまいましたが、8年ぶりに作者が働く産婦人科医院で再会。

ミカちゃんは、自分のことが書き込まれたボロボロの母子手帳を握り締めながら、この手帳があったから私は生き伸びることができた、と言いました。

母子手帳は、母と子を繋ぐもの。どんな素晴らしい絵本や教科書もかなわない―という作者の言葉が印象的でした。きっと、愛されている事を知った人間はとても強い、ということをわかっているからでしょう。

自分も母から母子手帳を借りて読んでみたいと思ってしまう作品です。

【胎児の光】めちゃコミック第5話~

中絶後、身体の不調を訴える患者さん。いつまでも痛みがとれないと泣き叫び、病院にいた見知らぬ男の子を蹴り飛ばしてしまいます。視界に入る子供や夫が憎くて仕方なくなったワケとは…。

中絶は、女性にとって一生忘れることができない辛い経験です。その過去を抱えて生きることは簡単ではありません。しかし、絶望の中にいても、希望を見つけ出すことはできる。そんな前向きさを教えてくれる作品です。

【母性について】めちゃコミック第8話~

不妊治療の末ようやく授かった我が子の姿を見て「自分の子供じゃない」と取り乱す母親。

“母性”について看護学校で習った作者でしたが、産婦人科医院でアルバイトを続けるうちに、必ずしもマニュアル通りではないことに気付きます。

こんなつらい思いをするくらいならもう二度と出産しない。死産を経験した後藤さんが、元気いっぱいに泣く赤ちゃんを抱きしめながら涙を流す姿には心を打たれます。

母親も赤ちゃんに深い愛情を持って接していますが、赤ちゃんもまた、親に愛情を注いでくれているのかもしれません。

【縁をつなぐ子】めちゃコミック第23話~

5人目が妊娠できて嬉しいと思っていたのに、家族の誰からも祝福されない中川さん。もう中絶するしかないと決意をしました。

ある日、妊娠へのひとことがきっかけで、絶縁状態になった義理の妹から、不妊で子供が授からなかったけど、子供は欲しかったという想いを聞きます。わだかまりは消え、産まれた子どもを義妹夫婦へ養子縁組をすることを決意するのでした。

誰からも祝福されなかった赤ちゃんのおかげで、家族がまた一つに。赤ちゃんは、離れてしまった人と人とを繋ぐ素晴らしい存在だと思わずにはいられません!

しっかり産声をあげた命は、実体のあるゆりかごに揺られます。一方で消えゆく命は、“透明な”ゆりかごに揺られているのかもしれません。残された家族は、永遠に失ってしまったという喪失感とともに生きていかなくてはならない。けれども、一緒に生きることが出来たことは本当に素晴らしい…作者はこんな風に語ります。

出産はまだまだ先のことだと考えている人、産後、思ったように育児ができないのではと不安な人。ハードな内容を想像させるあらすじや感想から尻込みしてしまう人も多いかもしれませんが、このコミックを是非一度手に取ってみてください。そして大いに泣いて、心を解放してみてはいかがでしょうか。

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作者

ちゃんこ

ちゃんこ

青森県弘前市生まれ。東京をすっ飛ばして、京都で大学生活を過ごす。大学時代から旅に目覚め、小銭を貯めては国内外を旅するように。2008年にはバックパッカーで、7カ月間の世界一周旅行を決行。旅行中は世界遺産に目もくれず、うまいものに夢中となって世界を食い散らかす。帰国後OL生活を経て、2011年から本格的にライターとして活動。母となった今でもうまいものへの執着が衰えず、エンゲル係数は上昇中。(Twitterアカウント tamachibi829)

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