地味な女の子と体が入れ替わったら!? 『宇宙を駆けるよだか』の魅力&あらすじ紹介
更新日:2016/12/21 10:00
「もし、他人と体が入れ替わってしまったら」。「突然、他人の人生を歩むことになったら」。
「宇宙を駆けるよだか」 (川端志季/集英社) (そらをかけるよだか)は、誰もが想像する「体の入れ替わり」を題材とした作品だ。それに加えて、「容姿」というデリケートな部分にも切り込んでいる。「容姿の良い人になりたい」、そんな誰もが抱く願望を、一人の少女の切実な気持ちと共に表現している。本作品は、全ての人が抱く心情をリアルに描いた心に迫るマンガである。
人気者JKが、カースト底辺の根暗女子になった!?
主人公は小日向あゆみ・高校1年生。素直で明るく、友達も多い可愛らしい女の子だ。「しろちゃん」こと、水本公史郎(みずき こうしろう)と付き合い始めたばかり。誰もがうらやむ平和で楽しい高校生活を送っているんだろうな、とぼんやり思うことだろう。
初めてできた彼氏・しろちゃんとの初デートのため、待ち合わせ場所へ急いでいると、突然あゆみのスマホに電話がかかってきた。その相手は、あゆみと同じクラスの海根然子(うみね ぜんこ)。電話の内容は「建物の屋上から飛び降りて死ぬ。こっちを見ていてほしい。」というもの。慌てたあゆみが屋上を見上げると、海根の姿が見えた。
怪しく笑う海根の後ろには、不気味に輝く「赤月」が上っていた。止める間もなく飛び降りた海根に、言葉を失うあゆみ。そして、なぜかあゆみも気を失っていた。
病室で目が覚めたあゆみだが、体の様子がおかしい。お腹が「ぶよっ」としている。さらに、看護士に海根の容体を聞くと「海根さんはあなたですよね」と言われる。そして鏡を見ると…小日向あゆみは海根然子になっていたのだ!
どうやらあゆみと海根は体が入れ替わったらしい。非現実的な出来事が身に降りかかり、事態が飲み込めない。結局その日は誰にも本当のことが言えず、病院に迎えに来た海根の母親に従うままに、彼女の家で一晩過ごした。
もし自分より不幸である人間と入れ替わったら…
もし誰かと入れ替わることができるなら、たいていは自分より幸せそうな人間で想像するはずだ。根暗で友達がいなく、容姿にも自信がない海根は、自分より確実に幸せなあゆみと入れ替わった。では、自分より不幸である人間と入れ替わった場合、一体どうなるのだろうか。容姿端麗なあゆみが地味ででっぷりとした海根と入れ替わったことで、彼女の生活はどのように変化しただろう。
まず、海根は友達がいなかった。したがって、あゆみは海根に友達をとられる。今まで仲良くしていた友達が、海根の周りに集まって楽しそうにしているのだ。
しかし、海根の姿をしているあゆみ本人は「名前呼びやめてくんない?」と友達から冷たくされる。女子高生の間の優劣関係が容赦なく描かれており、フィクションであると分かっていながら、ゾッとしてしまうことだろう。あゆみはいわゆるスクールカーストの上位に、海根はスクールカーストの底辺にいたのだ。
付き合ったばかりの大好きな彼氏、しろちゃんも海根にとられてしまう。目の前に大好きな彼氏がいるのに、一緒にいるのは海根。あゆみがしろちゃんに話しかけても、もちろんただのクラスメイトとしての接し方だ。
海根然子の人生は、あゆみとは全く別物だった。海根は、スクールカーストの底辺で孤独な高校生活を歩んでいたのだ。
「容姿」「性格」「人望」などで、その人の高校生活をあっという間に位置付けてしまう、残酷なスクールカースト。何よりカースト上位にいる者たちは、底辺の者たちが毎日どんな思いをして過ごしていることかも気づくことさえないのだ。あゆみも海根の体になって初めて、彼女が日頃助けてくれる友達すらいなかったことを知る。
いつも通っている場所のはずなのに、まるで違う世界のよう。あゆみは辛い現実から逃げ出すように、泣きながら屋上へ駆け上がる。そこへやってきたのが、あゆみと入れ替わった海根だった。あゆみは、二人が入れ替わってしまったことを誰かに伝えようと提案する。
しかし海根はその提案をはねつける。そして、あゆみにこう言い放つのだ。
この海根の発言、「ひどいとばっちりだな」と思うはず。しかし、思わず共感してしまう人もいるだろう。容姿に恵まれた人は、男女問わず周りからちやほやされる人生を歩んでいるはずだからだ。小中高を通して、きれいな女子たち、かっこいい男子たちは、往々にして学校生活を謳歌していたように思う。本記事の筆者である私のひがみだろうか? いや、多くの人が私と同じような考えを持っているはずだ。
海根は、唖然とするあゆみに「ずっとあゆみと入れ替わりたかった」と告白。そう、海根はワザとあゆみと入れ替わったのだった。
そしてその帰り道、あゆみは決意する。
入れ替わりの原因は、不気味に浮かぶ「赤い月」!?
あゆみ、海根、しろちゃん。そしてもう1人、重要な登場人物がいる。しろちゃんの親友であり、あゆみの友達でもある火賀(かが)である(加賀ではないのでご注意を) 。
あゆみは、海根と入れ替わったことを誰にも言えずに苦しんでいた。そんなとき、文化祭の準備で火賀と一緒になることに。火賀は海根の姿にあゆみを重ね合わせ、いち早くあゆみと海根が入れ替わったことに気づいたのだ。
ようやく入れ替わりを打ち明けることができたあゆみは、火賀と協力して体が入れ替わった原因や、元に戻る方法を探すことに。しかし、やはりそう簡単に見つかるわけがなく途方に暮れる。喫茶店で頭を抱えているとき、ふと火賀があゆみに質問する。
―――――
火賀 「入れ替わってどんくらい経つっけ」
あゆみ「赤月の日だったから…丁度2週間かな」
火賀 「うおおい!それだよっ」
―――――
あゆみたちの暮らす赤月町には、その地形と光の反射による錯覚から、真昼に赤い月が浮かぶ不思議な日がある。あゆみと海根が入れ替わった日、あゆみに電話する海根の後ろにはその“赤月”が浮かんでいた。間違いなく赤月と体の入れ替わりは関係がある。元に戻るための手がかりをつかんで喜ぶ2人だったが…? 入れ替わりの秘密を知る人物、天ケ瀬建造(あまがせ けんぞう)と名乗るインコ の登場によって、あゆみはどん底に突き落とされることになるのだ。
人の性格がもたらす表情の変化
「宇宙を駆けるよだか」 (川端志季/集英社) で一番印象に残っているものがある。それは、入れ替わる前の両者の顔と、入れ替わった後の両者の顔が、まるで別人ということだ。
これが入れ替わる前の海根の顔。
表情に乏しく、これでは話しかけにくいと感じるのも無理はない。
それではあゆみと入れ替わった後の顔はどうだろう。
同じ顔なのに、どこか可愛らしい。いや、全く別人にも見える。本作品の印象的な部分はここだ。
ちなみに入れ替わったあとのあゆみの顔がこれ。
本記事冒頭の、デートに出掛けるあゆみの顔とは全くの別人だ。同じ容姿でも中身が変われば、ここまで表情も変わってくるのだ。
あなたの周りにもいるはずだ。とてつもない美人なのに、あまり魅力的に見えない人。反対に、目立つ顔立ちではないのに、どこか素敵に見えてしまう人。おそらく両者には性格が関係しているのだろう。
人の本質に鋭く切り込んでいる本作品を読めば、中身も人の容姿を決定づける一因だと理解することができる。
カッコいい男・カワイイ女の子は、異性からモテるし、友達もたくさんできる。クラスでのあゆみと海根の立ち位置を比べれば一目瞭然だ。
容姿に劣等感を抱えた人間の辛さは、その人にしか分からない。海根の気持ちは、海根と同じような容姿を持つ人にしか分からない。彼女は、スクールカーストの底辺でずっと独りだったのだろう。
海根に友達や彼氏、そして人生まで奪われてしまったあゆみ。あゆみは海根に奪われた全てを取り戻すことができるのだろうか?
この後、多くの謎を抱えたまま、ストーリーは大きく展開していく…。
『宇宙を駆けるよだか』は全3巻。その中に内容がギュッとつまっていて、どんどんストーリーが展開していく。本作品の魅力は、入り乱れる4人の心情を繊細に描いているところだ。海根は、どんなことを思いながら生きてきたのだろう。あゆみは、入れ替わった体で何を思ったのだろう。そして、あゆみは元の体に戻れたのだろうか…。気になった方は、ぜひ本作品をチェックしてほしい。