『先生の白い嘘』『おんなのいえ』女の深層心理を生々しく描いた問題作
更新日:2016/08/31 10:00
男女が当たり前のように同じ学校で勉強をして、同じように社会で働く。男女平等が謳われる世の中ですが、私たちは本当の意味で「平等」なのでしょうか? まだまだ女性が損をして泣き寝入りするようなこともあれば、逆に「平等」でないために成り立っているところも少なからず存在します。
漫画家の鳥飼茜さんは、そんな日常に潜む性差別や性問題について、独特の切り口で描いています。
今回は、アラサー女性のリアルな欲望や悩みが表れた「おんなのいえ」 (鳥飼茜/講談社) と、性差別を根深い形で描いた「先生の白い嘘」 (鳥飼茜/講談社) の2作の問題作をご紹介します!
男性>女性か?『先生の白い嘘』から性の優位性を考える
「先生の白い嘘」 (鳥飼茜/講談社) は、講談社の月刊『モーニング・ツー』にて連載中(2016年7月現在)。同誌は青年誌でありながら、性差別と向き合った本作を掲載しているということもあり、連載当初よりすさまじい反響を受けています。さっそくあらすじについてご紹介します!
主人公は高校教師の原美鈴・25歳。美鈴の友人・美奈子は、地味な見た目の美鈴とは正反対で派手な見た目と“女性らしい”考えの持ち主です。
パッと見では冴えない女性教師ですが、美鈴には実はある秘密が。それは、美奈子の婚約者・早藤と肉体関係を持っていることです。
性経験のない女性を好んで性的行為に持ち込む早藤。美鈴もその餌食にされた一人で、初めてをむりやり奪われました。それ以来、ズルズルと肉体関係を強要させられています。
ある日、美鈴が受け持つクラスの男子生徒・新妻が、人妻と不倫をしているという噂が流れました。学年会議で持ち上がったそんな噂の真偽を確かめるため、美鈴は気乗りのしないまま二者面談をおこなうことに。
しかし、面談は思いもよらぬ方向へ。
美鈴が「教師としての建前」を放棄し本音を暴露したことによって、新妻がわずかに心を開き、本当の事を告げるのです。噂は事実で、確かに既婚女性と身体の関係を持ってしまったと。
相手は、バイト先の社長の奥さん。新妻にもよく親切にしてくれた人でしたが、特別な感情を持っていたわけではありませんでした。流されるまま、ホテルへ行ってしまったと彼は言います。
ホテルに入り、途中で怖気づいた新妻は奥さんにやっぱりできません、と謝ります。
しかし、時すでに遅し。もうその時には空気が変わっていて、自分の知っている親切な奥さんの面影はなかった、と話します。
言葉にできない圧力から、怖い気持ちにフタをして最後までしてしまったという新妻。しかし、美鈴はこう切り返します。
身体性の面で女性より優れている男性なら、どうにか抵抗はできたはず。でも女性は、男性の腕力を前に逆らうことなどできない。彼女は、早藤に乱暴にされたことを反芻しながら、そう切り返します。
しかし、彼は断れる空気じゃなかった。身体面だけではない暴力性もあると言うのです。
身体的な面で、男が強く女が弱い。だから社会でも、男が強く女が弱い。そんな定義を根本から問うようなシーンです。
二人が暴力だと感じる対象に相違性はあるものの、片方を一方的に弱者として扱うべきか、疑問を投げかけている点では共通性が見られます。
一方、男の暴力性に屈したくないと言う正義感の強い女性・綾香。早藤の毒牙にかかった女性・玲奈の同僚で、彼の愚行に対し会社へ通告書を出すなどの行動力があります。
しかし、彼女の強い心も、男性の持つ身体的な暴力性には勝てないことを象徴づけるシーンがあります。
仕事を終え、エレベーターの扉が開いた先にはなぜか早藤が。突然のことに足がすくみ、大声も出ません。
口元にかけられた指を噛んでなんとかことなきを得た綾香ですが、男の暴力性による女性の支配を、とても明確に表したシーンです。
他にも、「性」についてさまざまな考えや価値観を持った登場人物が魅力的です。
エロいことはしても、運命の人としか最後まではしないと心に決めた女子高生・ミサカナこと三郷佳奈。彼女は、“男性は使い古された女性は嫌い”というゴリゴリの固定観念を持ったキャラクターです。
それぞれ異なる性意識を持った女性たちの関係が複雑に絡み合う展開に、完結するまで目が離せません!
姉妹の軽妙で深いやりとりが面白い『おんなのいえ』。彼女たちの幸せの形とは?
「このマンガがすごい!2014」オンナ編にランクインをした「おんなのいえ」 (鳥飼茜/講談社) 。KCデラックスBE LOVEにて連載中(2016年7月現在)のコミックです。
30歳目前にして同棲していた彼氏に振られ、傷心のまま里帰りした大前有香(あり香)。母親命令によって、かつて彼と住んでいた家で25歳の妹・すみ香と一緒に暮らすことになります!
「さらぴんの生活はじめよーやあ!」
妹の明るい一言で幕を明けた二人暮らしの女家族物語は、一体どんな展開を見せることでしょう?
年はそう離れてはいないものの、対照的な考えや性格の姉妹の姿が印象的です。女家庭でたくましく育った二人は、“友達よりも気楽、けど時にめっちゃ憎らしい”そんな存在。遠慮なしに何でも言い合える関係で、作者のように女姉妹のいる人には共感もしやすいのでは?
浮気癖のある彼氏に辟易して東京にやってきた妹・すみ香。そこで彼女は、初めて駆け引きなしに自然体でいられる男・マコちゃんと出会い惹かれていきます。この人とだったら結婚してもいいかも…と思うすみ香でしたが、彼からこう諭されて悩みます。
一方、三年ものの彼氏に振られた姉のほうも現実的です。弁護士との縁談を前向きに考えているあり香に「トキメキとか感じたの?」と問う妹に対しての返答。
恋愛と結婚は違うって言いますよね。二人の価値観がハッキリ分かれているのがとても面白い。
自分の気持ちに一直線!なすみ香は、末っ子らしいといえばそうなのかもしれません。長女は婚期を逃す、なんて迷信(?)もありますが、確かにダメ男に引っ掛かりやすいのも長女の特徴。そしてそれはあり香を見ていると何となくわかるような気がします。
既婚者と知りながら、魅力的な男性・川谷と会い続けるあり香に対し、激しく詰め寄るすみ香。その理由は、不倫の末つい最近離婚が決まった彼女たちの父親に原因があります。
向こうにも言い分があったのかもしれない、と中立な立場を主張するあり香に、すみ香は、それは優しさじゃない、私は不倫をした父親を絶対許せないと言い切ります。
気の置けない女姉妹だからこそ、キツイ本音もグサッとくる事実も言えちゃうんでしょうね。
恋愛遍歴を一番知っているのも姉妹だったりしますよね。たこ焼きを例えに持ち出してくるなど、大阪人らしいユーモラスさもおもしろいです。
時に衝突し合う姉妹ですが、お互いどんな形の幸せを求めてもがいていくのか、展開が気になる作品です。
一歩踏みとどまり、自己の「幸せ」について考える勇気
注目作家・鳥飼茜の描く漫画には、誰もが持つ人間のドロドロした部分や蓋をして見ないフリをしている部分が、これでもかというほど詰まっています。まさに「心をえぐられる」という心境。
「先生の白い嘘」 (鳥飼茜/講談社) で、美鈴や美奈子、玲奈など多くの女性たちの女性性を逆手にとり、心身ともに傷つけている早藤。男女問わず「ひどすぎる」と多くの感想が寄せられる鬼畜で強烈なキャラクターです。
今が「幸せ」だとこぼす彼の浮気相手・玲奈に、早藤は「お前ら全員馬鹿なんじゃねえの?」と女性に対する苛立ちをぶつけます。
性犯罪やDVなどがなくならない理由の一つに、玲奈が言うこうした女性の特性があるのではないでしょうか。
求められているから大丈夫、私が愛しているから大丈夫。現実から目を背け、自分は周りと同じように、あるいは周り以上に幸せだと思い込むようにする。
おそらく、そうした女性の性的弱者としての意識につけ込んだ男性が、卑劣な暴力性を振りかざすのでしょう。
玲奈のように自分の求める幸せの形がわからなくなる可能性は、誰にだって有り得ます。
世間と切り離して自分の幸せのあり方を問う、その必要性を気づかせてくれる作品です。
また、「おんなのいえ」 (鳥飼茜/講談社) は、個々の結婚観への向き合い方を考えさせてくれる作品でもあると言えます。
あり香が姉妹二人暮らしを始めてから出会った男性・川谷。既婚者でありながらも、あり香と関係を持つことになります。
夫婦生活がうまくいっていない彼は、結婚したいあり香の理由を聞いて、経験者ならではの言葉を投げかけます。
結婚して家庭を持つのが当たり前。そう考えている女性は多数派でしょう。特に、周りの女友達も徐々に家族を持つようになり、遊んでくれなくなって寂しい…というのがあり香のような20代後半。しかし、寂しさを埋めるために結婚しても、寂しいままだと彼は言うのです。
将来に不安を感じているあり香は、“弁護士”という肩書に惹かれ紹介してもらった男性とお付き合いを始めます。
女性経験に乏しい彼はとても優しく、あり香のテンプレ通りの言葉や作られた好意を、とても嬉しそうに受け取ってくれます。
そんな彼に対して、罪悪感を感じるあり香。本当の自分をさらけ出せないことへのジレンマ、そして、それすら伝えることができない己のわがままさにどうしようもない自己嫌悪を抱えています。
本当の自分を隠して結婚した相手と果たして幸せになれるのだろうか?
ただ「結婚したい」という欲求ばかりふくらませるのではなく、自分にとって結婚とはどんな意味を持つものか、どんな結婚が理想なのか、それをしっかり考えることの必要さを実感させてくれます。
鳥飼茜作品には、思わず目を背けてしまいたくなるほどの人間の生々しさが描かれています。
大好きな人と結婚して温かい家庭を築くことが女の幸せだと漠然と思っている人。どうせ虐げられるのはいつも女性だと、日々小さなセクハラに耐え続けている人。そんな人たちにこそ、ぜひ一度立ち止まって考えてみませんか?
女の幸せではない、「自分」が自分らしく幸せになるために必要なのは何か、向き合うことの勇気を与えてくれる作品たちです。
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作者
ヘルシー鮫
漫画と猫と今川焼きが好きなゆるいオタク。テニプリは青春にしてホーム。永遠に千石清純に恋してる。【twitter】@herusamecochan
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