『オーダーメイド』のAV、全身整形…高橋一仁が描く、剥き出しの本能と人生模様
更新日:2016/11/14 10:00
視聴者の性的欲求を満足させるための映像を収めたもの――アダルトビデオ(AV)。1980年代のビデオデッキの普及と同時に登場したAVは、様々な倫理問題や表現規制に直面しつつも大流行し、DVDに移行した現在でも需要はとどまるところを知りません。レンタルビデオ店に行けば必ずAVコーナーが設けられていることがその証左でしょう。
また、映像技術や撮影技術の発展によって、プレイ内容も多様化し、どんな性的嗜好にもこたえられるようになりました。労せずして望みのビデオを見つけられるわけですから、男性にとっては非常にいい時代と言っても過言ではありません。
ですが、男性にとって、究極の望みはおそらく「自分の理想の女性が出てくるAV」でしょう。まさしく夢のようなシチュエーション、喉から手が出るほど欲しい! でもそんなのあるわけない……。
ところがあるんです、「オーダーメイド」のAVが。
そんなわけで今回はあなたの欲望を具現化する漫画「オーダーメイド」 (高橋一仁/芳文社) をご紹介。「オーダーメイドAV」を取り巻く人生模様をぜひ堪能していってください。
そっくりという次元じゃない女
さっそく内容紹介に入っていきましょう。
大手広告代理店で働く葉山直樹は、ある事情で荒んだ心を癒すため、バーで飲んだくれていました。
その時、妙なAVに関する噂話を耳にします。
「“ユートピアン”という、路地裏のビルの2階の小さいアダルトショップの奥に、一本500万のAVがあるらしい。もちろんただのAVじゃなくて、モノにしたい女の希望を言えば、そっくりというレベルじゃない女が出てくるんだ」(要約)
実は葉山は、付き合っていた春川清美というOLにストーカー扱いされ一方的にフラれており、彼女を奴隷のように服従させてやりたいという黒い欲望を抱いていました。
半信半疑で“ユートピアン”に足を踏み入れ、一本500万のAV「オーダーメイドAV」を手にし、清美の写真を差し出して、フード姿の店員に望みを告げる葉山。店員は、リサーチ・制作に一カ月ほどかかると告げます。店の雰囲気もさることながらこの店員からもアングラ的臭いがぷんぷんします。
そして一カ月後、AVを受け取るために再び店を訪れた葉山は、童貞のようにウキウキワクワクしながらビデオを再生。すると……?
画面に映し出されたのは春川清美! 噂どおり、似てる似てないの次元ではなく、彼女そのものであったのです! しかも、喘ぎ声からホクロの位置まで、以前葉山が見た光景と全く一緒でした。
驚愕しつつ、「淫乱女が!」と罵倒しながら猿のようにビデオを満喫する葉山でした。
後日、清美の前に現れた葉山は、憑りつかれたようにねちねちとビデオのことをなじり、去っていきます。まさしく粘着質のストーカー。しかし、彼女にとっては何の事だか全くわかりません。
一方、ビデオ店。葉山からの喜びの電話を受け「あの客は完璧に春川清美本人だと信じ込んでたよ…」とベッドのほうにつぶやくフードの店員が。どういうことなのか?
ベッドに横たわるのは、体中に包帯を巻かれた女。そう、あのビデオの女優は春川清美ではありません。まったくの別人のこの女が、全身整形を施され春川そっくりになって出演していたのです。
と、ここまでが前編。この漫画は前後編を合わせた一話完結形式で進行し、後編はネタばらし、すなわち“ユートピアン”がビデオを制作する一カ月間が描かれます。
身も心も変貌
このつぎはぎだらけの女性の名前は深沼しず。生まれが極貧の家庭で、おまけに不細工だったことから艱難辛苦の人生を送ってきました。
こんな生活から抜け出したい一心で努力を重ね、ようやく明るい兆しが見えたと思った矢先、効果的な治療法のない難病に侵されていることを知ります。しかも発病から一年後の生存率は10%以下。
どうにもならない悲しみに狂っているときに見つけたのが「オーダーメイドAV」の女優募集広告だったのでした。応募理由は、「冥土の土産に一度でいいから性体験してみたいから」。
採用された深沼は、さっそくAVの制作に携わり、春川清美へと変身します。
ここで、“ユートピアン”従業員の三人を紹介しておきましょう。フードの男は店長(名前不明)で、天才と言われたこともある美容外科医。ショートカットの女はリンといい、スタイリングと映像制作担当。茶髪の優男はアキラで、リサーチと男優を担当しています。
フードの男が手術し、リンによるスタイリングの後、アキラがカメラ付きのメガネで男優を演じながら撮影するという寸法です。テンポ良く見えますが、一カ月間でクライアントの理想に完全に合致する映像を作るわけですから、作中ではあまり語られませんが、間違いなく非常にハードです。500万という料金設定も納得です。
撮影後、アキラとの行為の快感が忘れられず、病気を治してでもこの仕事を続けていきたいと主張する深沼。その熱意に、フードの男は今後も女優として使っていくと認めます。
指名があるたび全身を整形させられる彼女の人生も、彼女を利用して飯を食っている自分たちも何なのだろうか。表には決して現れない、裏社会の人間模様が垣間見えます。
フードの男にも何やら秘められた過去があるようです……。
交錯する欲望と人生
都合上、直接的なコマは載せていませんが、「お望み通りのAV」という謳い文句にたがわず、お色気シーンもたくさんあります。しかし、この作品の最大の魅力は、理想のAVをめぐって交錯する人間模様です。
こちらは、第二話のクライアントの赤荻恒星という博打大好きおじさんが、離婚した妻の真紀のAVを見て興奮に打ち震える様子。驚くことに彼はAVを見た後、子供の養育費を払うべくギャンブルをやめ、真紀に会いに行きます。
後編では、真紀を演じていた、“ユートピアン”のベテランAV女優で、芸能界の元人気女優でもある沢井よう子は、「オーダーメイドAV」に出演し続ける理由についてこう語ります。
男の人生を狂わせる演技……彼女は「理想の女になりきる」演技で男が狂っていくのが面白くて仕方がないのです。このAVに手を出すことは、人生を一変させることと同義なのかもしれません。
前編で改心したかのように見えた赤荻。実はDVの前歴があった彼は、理想のAVと出会い、またもやその凶暴性をあらわにするのです。
目覚める性的嗜好
理想のAVには、性的嗜好を変えてしまう効果もあるようです。
これは、第三話のクライアントの小学校教師・松本貴好が、「オーダーメイドAV」を観てマゾヒズムに目覚める様子です。彼が望んだ女は担当クラスの児童の母親で、いわゆるモンスターペアレント。松本は誠実な気持ちで教師になったのに、彼女は気弱なことや未婚であることをなじり、さらにはロリコン疑惑までかけきたのでした。
あの女を屈服させたい。そんなプレイを要求したはずが、実際は彼女に屈服させられる内容で、自分の本当の性的嗜好に気付いてしまったのです。というかどうやってリサーチしたんだ……。
それはさておき、出演していたのは幸恵という若い女性。彼女の母親は異常な恋愛体質で、ある情夫と別れたくないために、幸恵の体を売るという非道を働きます。幸恵はそこから逃げてきたのでした。
「どんな男とでもできるか」というフードの男に対し、「やります、大丈夫です」と答え、手術を受けモンスターペアレントの女に変身する幸恵。しかし、行為の相手は男優担当のアキラではなく、手足を縛りつけられた母親の情夫でした。
最初は戸惑い、躊躇っていた幸恵でしたが、「私はもう幸恵じゃない」と開き直り、情夫を思う存分痛めつけながら行為を楽しむのでした。そう、彼女の暴力性を引き出すため情夫をあてがったフードの男の狙い通りに。
いうなれば彼女はサディズムに目覚めてしまったわけです。
内容紹介はここまで。男にとっては魔法のような響きを持つ「理想のAV」に手を出すというのは、パンドラの箱を開けるのと等しい行動なのかもしれません。性的欲求が高まるあまり身を滅ぼすというのは人間の歴史においても枚挙に暇がありませんし。
え? でもやっぱり普通のAVじゃ満足できないって?
ここまで紹介してきたとおり、「オーダーメイド」 (高橋一仁/芳文社) は男性向け漫画で(掲載誌も青年向け雑誌『週刊漫画TIMES』)、エロシーンも多いのですが、決してそればかりではありません。この漫画が映し出すのは、剥き出しの本能と人生模様です。夢のようでどこか物悲しい「オーダーメイドAV」、ぜひあなたも身を委ねてみてはいかかでしょうか。