機動警察パトレイバー:「ロボが出てこないロボアニメ」が成立したワケ 「寿司屋の後藤」で「劇パト2」に決着 伊藤和典インタビュー
配信日:2026/08/14 19:01
アニメなどが人気の「機動警察パトレイバー」の新作アニメ「機動警察パトレイバー EZY(イズィー)」。アニメの新作は2016年に発表された短編「機動警察パトレイバーREBOOT」以来、約10年ぶり。監督を務めるのは、シリーズを支え続けてきた伝説のクリエーター集団「HEADGEAR(ヘッドギア)」の出渕裕さん。シリーズ構成・脚本に伊藤和典さんを迎えた盤石の布陣で新作「EZY」は制作された。「パトレイバー」は、派手なアクション以上に隊員同士の掛け合いや、複雑な政治的、社会的な背景が緻密に描かれるなど異色のロボットアニメだ。「EZY」にもその伝統は受け継がれている。伊藤さんが自ら執筆した“正統(?)続編”小説「『機動警察パトレイバー』寿司屋の後藤」(文藝春秋)が発売されたことも話題になっている。伊藤さんに、「パトレイバー」で描かれる日常、「寿司屋の後藤」について聞いた。
◇「パトレイバー」の懐の深さ
「パトレイバー」は、汎用人間型作業機械・レイバーが実用化された世界を舞台に、レイバー犯罪に立ち向かう警視庁の特殊車両二課(特車二課)の隊員の日常を描くメディアミックスプロジェクト。ゆうきまさみさん、出渕さん、伊藤さん、高田明美さん、押井 守さんの5人のクリエーターにより結成されたユニット「HEADGEAR(ヘッドギア)」から生み出された同プロジェクトは、1988年に「アーリーデイズ」と呼ばれるOVA(オリジナル・ビデオ・アニメーション)から始まり、ゆうきさんによるマンガ、テレビアニメ、劇場版アニメ、小説、オーディオドラマ、ゲームなどが展開されてきた。
「パトレイバー」はロボットアニメに分類されるが、レイバー(ロボット)が登場しないエピソードもあるのが斬新だった。
「すごく単純な話なんです。要するに、予算がなくてメカを動かせなかった(笑)。だから、メカなしでも成立して、かつ面白い話を書かなければいけないという義務感から生まれたものでした。アーリーデイズは最初、各話ごとに監督を変えようという話もありました。現場のプロデューサーから『それでは予算管理ができない』と言われて、最終的に押井さんに一括でお願いすることになったんです。押井さんはその辺の事情をよく分かっているから、メカを動かせるのはこことここくらいだなという計算ができた。大人の事情から生まれたものではあったのですが、結果的にそれが功を奏しました。結局、メカありきの話ではなく、企画の段階から『日常性にベースを置こう』という方針になった。意外と何でもいけることが分かったんです」
伊藤さんは「『パトレイバー』を『パトレイバー』たらしめる」ための三つの要素として「日常性」「ユーモア」「倫理」を挙げたことがあった。確かに「パトレイバー」では、ユーモアを交えつつ日常を描いている。そこに「倫理」も必要になっている。
「警察官としてこうありたい。何が正しいのかよく分からない世の中で、できるだけ正しい道を歩きたいという葛藤です。個性はバラバラで、人それぞれ言葉にすると違うものが出てくるかもしれませんが、最終的に束ねてみたときに、みんな同じ方向を向いている。それがないと、特車二課独特の“正義の味方感”は出てこないのかなと思っています。それは、全員の胸の内にあってほしい。ないかもしれないけれど(笑)。その枠組みからズレなければ、自由な発想で書いても『パトレイバー』として成立します。そういう意味では、グリフォン編なんかは、『パトレイバー』らしくないのかもしれない(笑)。人気もあるしグリフォンも格好いいからいいんですけど、『パトレイバー』の本筋ではないなと。あれは、ゆうきさんによる盛大なファンサービスだと思っています。でも、それすらも許容してしまうのが『パトレイバー』の懐の深さですね(笑)。ヒーローものとはまた違いますけど、一応、警察官ものとして成立しているから、『パトレイバー』の世界の中に収まってしまうというところがあります」
「EZY」でも三つの要素が受け継がれている。特車二課のメンバーが変わっても変わらない“らしさ”を感じる。
「基本的にはそうです。そこは変わりません。だから懐かしい“らしさ”を感じてもらえるのだと思います。もちろん、メカがCGになったので、映像的な新しさもあります。CGのおかげで、遠慮せずにメカを動かせるようになったので、第3話なんかは自分でもやりすぎ!と思ってしまうくらい動いています。描写が痩せるか太るかは、メカをどれだけ動かせるかによるところもあります。極端な例を挙げると、『アーリーデイズ』の1話のクライマックスなんて『ロケットパン……』のセリフと鐘のゴーンという音だけで表現していましたから(笑)。『EZY』は、リミッターがなくなった分、のびのびと書くことができました。あとは、ブッちゃん(出渕さん)に『よろしく!』と任せました。ブッちゃんならやってくれるという、信頼関係……と言っていいのか分かりませんが、仕事がものすごく細かくて丁寧なんですよ。ほかの作品を見てもそう思います。そこがブッちゃんの持ち味です。本人には言っていませんけど(笑)」
◇「寿司屋の後藤」は30年かけた自分の尻拭い
小説「寿司屋の後藤」が6月25日に発売され、予約開始から1週間で発売前の大幅重版が決まるなど大きな話題を呼んでいる。“あの日”から30年、元特車二課第2小隊隊長の後藤喜一が寿司屋になって登場する。そもそも、なぜ寿司屋なのだろうか。
「以前、(『パトレイバー』をプロデュースする)ジェンコの会議室にいたときに、外に『寿司屋の後藤』という看板が見えたんですよ(笑)。定年後の後藤が寿司屋をやっていたら意外と面白いんじゃないかとアイデアが降ってきたんです。そこが全ての始まりでした」
後藤は熱海で小さな寿司屋を営んでおり、篠原遊馬、泉 野明、太田 功、進士幹泰、山崎ひろみ、香貫花・クランシーら旧特車二課の面々が訪れる。さらに、南雲しのぶも登場する。“あの日”とは1993年公開の劇場版「機動警察パトレイバー2 the Movie(劇パト2)」のラストのことで、「寿司屋の後藤」で伊藤さんは「劇パト2」に決着をつけようとしたようにも読める。
「それはその通りです。最初からそのつもりがあったわけではなく、2話で遊馬を出したらファンからの圧がすごくて(笑)。これ全員出さないとまずいわと途中で舵を切りました。最初は後藤と常連だけの『深夜食堂』のようなノリの日常話にするつもりだったんです。ブッちゃんに『寿司屋の後藤』の話をしたときは『寿司屋!?』と驚いていたけど、『深夜食堂』みたいなノリならいけるんじゃない?と言ったら腑に落ちていました。ファンの圧に負けて舵を切った後、『劇パト2』に決着をつけたいという思いが湧き上がってきた」
「劇パト2」の公開から30年以上がたった。伊藤さんは、心残りだったことがあったといい、「寿司屋の後藤」で決着をつけようとした。
「『劇パト2』は映画としての完成度が高いので、みんなだまされていますけど、『パトレイバー』全体から見たらかなり特殊な、孤立した作品なんです。最初に押井さんの絵コンテを見たときは『押井さんの戦争論文じゃん』と思ったし、もう『パトレイバー』を終わらせてくれという思いで作られた映画でした。だから、あのラストになった責任の一端は自分にもある。ずっとくすぶっていたんです。それに、(南雲役の声優の)榊原(良子)さんがブログで非常に理路整然と『劇パト2』のラストに対する思いを書かれていたのを目にして、これは決着をつけなければと思い、途中でガラッと方向を変えました。言ってみれば、30年かけた自分の尻拭いです。結果的にこれで良かったと思っています。できるだけ自分の生み出したキャラクターたちには幸せになってほしいですからね。そこまで描き切ることで、心残りだった部分にようやく決着をつけることができました」
◇後藤隊長は理想の上司ではない
「寿司屋の後藤」の主人公でもある後藤は人気キャラクターだ。“理想の上司”として名前が挙がることもある。伊藤さんは後藤の魅力をどのように感じているのだろうか。
「大人なところじゃないですかね。良いところも悪いところも含めて、大人だなと。ただ、彼を“理想の上司”に挙げる人の気持ちは正直納得がいかない(笑)。理想の上司ではないですよ。彼の部下になったら、何をさせられるか分かったもんじゃないですから。リアルタイムで見ていた当時の学生たちが、大人になって『後藤は理想の上司なんかじゃなかった』と気づいてくれれば、それでいいかなと思っています。今の世の中であのやり方は通用しないし、嫌われてしまう。僕自身はフリーランスで部下もいない人間ですが、自分を振り返ったとき、後藤になろうとしても結果的に遊馬になってしまう。どこか軽くて、どこか抜けている。昔、押井さんにも『遊馬って伊藤ちゃんだよね』と完全に見抜かれていましたから(笑)」
伊藤さんが遊馬だとして、HEADGEARのメンバーに後藤のような存在がいるのかも気になるところだ。
「強いて言うならば、押井さんかな。なんだかんだ言って、あの人は大人ですからね。時々おかしくなりますけど(笑)。だから、組織を動かす上でのバランスとして、僕と押井さんは良い相棒のような関係性がずっとあったんだと思います。長い付き合いですし」
◇誰かにバトンを渡したい
今後も「寿司屋の後藤」のような「パトレイバー」の“その先”を書いた小説を読んでみたいと思うのがファン心理というものだ。
「自分の中ではもう完全に終わっています。今後もしこういう形で続くとしても、それは僕ではない方がいいなと思っています。横手美智子とかね。今回は劇場版の時間軸でしたけど、別の時間軸で、後藤がどうしているかという話は、いくらでも膨らませられると思います。ただ、それをまた僕がやってしまうと、今度は何屋?となってしまうし(笑)。何より『寿司屋の後藤』の常連キャラクターたちに失礼な気がする。だから僕の『寿司屋の後藤』はこれでおしまいです。本音を言えば、誰かにバトンを渡したいと思っています。僕は今年で70歳になりますし、やりたい人がやればいいんですよ」
「パトレイバー」は、伊藤さんの代表作の一つであり、特別な存在になっているという。
「これまでのキャリアを振り返ると、やはり『パトレイバー』と『ガメラ』の二つが、今の自分を自分たらしめている非常に大きな代表作です。実際、『劇パト2』の経験がそのまま『ガメラ』へとつながりました。当時、アニメ界の脚本家だった僕を金子(修介)監督がプロデューサーに紹介してくれたとき、最初は『伊藤和典、誰それ?』という空気だったのですが、『劇パト2』を見た人が、任せてもいいかもしれないとなって『ガメラ』に参加できた。だから、このつながりにはとても感謝しています」
新作アニメ「EZY」は、全3章、全8話で、第1~6話は一話完結のオムニバス形式、第3章にあたるFile 3の第7、8話は連続したストーリーとなることが発表されている。「アーリーデイズ」も第1~4話は一話完結のオムニバス形式で、第5、6話は前後編エピソード「二課の一番長い日」だった。「二課の一番長い日」は、「劇パト2」の原形になったとも言われる傑作であることもあり、「EZY」の第7、8話への期待が高まる。
「ネタバレになるので多くは言えませんが、『二課の一番長い日』ほどの大規模な事件にはならない、くらいは言えます」
さらに、フランス版の制作が進行していることが発表されるなど「パトレイバー」は今後、さらなる広がりを見せてくれそうだ。
「海外版も動いていますが、僕は関わっていません。向こうのスタッフに任せた方が絶対にいいと思いますし。3つの条件(日常性、ユーモア、倫理)だけは渡しましたが、あとは好きに作っていただければ」
「EZY」は、File 2が8月14日、File 3が2027年3月5日に劇場公開される。「パトレイバー」は「日常性」「ユーモア」「倫理」という伝統を受け継ぎながら、これまでにないスケールで広がり続ける。「EZY」をはじめ、次なる展開への期待は高まるばかりだ。(阿仁間満/MANTANWEB)
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