マツオヒロミ:悩んで迷った20代 “好き”を貫き唯一無二の表現に 人気イラストレーターインタビュー
配信日:2025/10/11 10:01

レトロモダンな世界観が人気のイラストレーターのマツオヒロミさん。画業50周年を迎えたマンガ家のわたせせいぞうさんとコラボした短編マンガが、季刊誌「イラストレーション」(玄光社)で連載されたことも話題を呼んだ。今や人気イラストレーターのマツオさんだが、20代は悩み、迷うことも多かったという。人気イラストレーターになるまでの道のり、活動の中で大切にしていることを聞いた。
◇20代の悩みや迷いは無駄ではなかった
マツオさんは1980年、島根県松江市生まれ。2010年にイラストレーターとして活動を始め、同人誌が人気を集めた。2016年に「百貨店ワルツ」(実業之日本社)で商業デビューした。明治・大正・昭和初期をモチーフにした作品が多く、着物の柄や着付け、小物、アクセサリー、メーク、髪型に至るまで、その高いファッションセンスが注目されている。
マツオさんの作品は“レトロモダン”と評されることもあり、独特の世界観が人気を集めている。子供の頃からレトロな世界が好きで、絵も描いていた。
「小学2年生の時、『源氏物語』のマンガを読んでハマったり、和の伝統的な雰囲気が好きな子供でした。小学生の時から竹久夢二や林静一さんが好きで、子供なのでノスタルジーが分かるわけではないのですが、情緒のようなものを新鮮に感じていたんだと思います。マンガ家になりたかったけど、普通の大学に進み、それで大後悔しました。当たり前ですが、みんな勉強のために大学にきていて、休日はボランティアをしていたりして、一生懸命やっている同級生たちがいる中で、自分は何やってるんだ?となって。真剣にやっている人が周囲にいる中で、絵を描きたいなら描けよ……と自分で思ってしまったんです。結局、休学をして、古本屋さんで働くようになりました」
イラストレーターとしてデビューするまでは紆余曲折があった。
「マンガ家を目指しながら古本屋でフリーターをしていました。古本屋が閉店することになり、マンガも描いていたのですが、持ち込みもしていたのですが、うまくいかなくて、一旦マンガをやめて、フリーのイラストレーターになろうとしました。それが2009年頃です。全部そこで一回ゼロにしたんです。20代はマンガかイラストか迷っていて、ウロウロしていた時期でした。20代は丸々準備期間のようでして、私自身も30歳までにどうにかなればいいと思っていました」
転機になったのは同人誌だった。オリジナルのイラスト集を発表したところ、大きな反響があった。
「私が同人誌を始めた2010年頃は、オリジナルのイラスト集を出す人が徐々に増えていた時期でした。ただ、当時は二次創作ではないオリジナルのイラスト集を同人誌で出すのはリスキーな行為で、周囲には止められました。友人のSakizoさんというイラストレーターの方がオリジナルの同人誌を描いていて、楽しそうに見えたんです。甘い考えですが、私もやってみたいと思って、好きなものを描いてみたんです。本を作ること自体も好きで、自分でロゴやデザインもやってみました。古本屋時代に、デザインの仕事を少しやったことがありましたし、独学でやってきたことが同人誌にも生きました。やっぱりすごく楽しかったんです。今もその延長線上にあると思います。最初から赤字にはならなくて、当時は年に3冊くらいのペースで出していて、段々とお仕事もいただけるようになってきました」
“好き”を形にした結果、それが仕事になっていった。悩んだり、迷った時期もあったが、それまでの経験が、今のイラストレーターの仕事につながった。
「20代の頃、マンガを描いている時、編集や読者の傾向と対策を考えすぎてしまったという反省がありました。もっと楽しく描いていればよかったんでしょうね。20代はくすぶっていましたが、好きなものを形にすることで評価をいただけたので、何も無駄になっていなかったですし、悩んで迷ったことがよかったと今は思っています」
◇常に自分の“好き”を探す
マツオさんの作品は、レトロモダンな世界観が人気だが、レトロだけではない魅力がある。現代的な感性が融合し、唯一無二の表現に到達している。ノスタルジーにとどまらない新鮮さが幅広く受け入れられている。“新しさ”も感じる。
「長く愛される作品を残していきたいと思っています。レトロ風が好きだから、レトロの約束事だけでやるのはダメだと思っていますし、新しいことを無理に追うのではなく、常に自分の“好き”を探す結果として、新しく見えるのかもしれません。新しいものに飛びつくわけではないのですが、ファッション誌を読むのが好きなので、意識しないうちにトレンドが出ているとも感じています」
マツオさんの作品には、上品さと色気を併せ持つが、扇情的ではない。「そういう目で見られないようにしています」とバランスが絶妙でもある。
美しい着物の表現も大きな魅力だ。着物もまた“好き”の一つだった。
「元々、着物には憧れがありました。わたせ先生の『菜』もそうですね。私が大学生くらいの頃、アンティーク着物ブームがありました。『KIMONO姫』という雑誌で、ストリートファッションとして着物を取り入れていて、私も古道具屋さんで投げ売りされているような着物を買って、着ていました」
◇いのまたむつみの影響も
コラボ相手のわたせさんに加え、マツオさんは、いのまたむつみさんからも大きな影響を受けたと語る。いのまたさんは「幻夢戦記レダ」「新世紀GPXサイバーフォーミュラ」や「テイルズ オブ」シリーズなどで知られる人気イラストレーターで、アニメやマンガの世界に大きな影響を与えた。
「いのまたさんの作品に出会っていなかったら、今描いているようなマンガやアニメ系の絵柄じゃなかったでしょうし、作風が全然違っていたと思います。ビアズリー、竹久夢二、長沢節……といろいろ好きなのですが、イラストという意味ではいのまたさんの影響が大きいです」
アニメやマンガ的な表現だけでなく、さまざまな影響を受けつつ、独自の世界観を築き上げた。
「大好き」だったというわたせさんと手掛けた短編マンガは、憧れの巨匠とのコラボということもあり、「恐れ多い」と感じていた。
「わたせ先生とのコラボ、頭のいろいろなスイッチをオフしないと、舞い上がってしまいまして。わたせ先生の4ページで表現する技術にずっと憧れていました。先生のネームからもっと飛躍できたらよかったのですが、それをやってしまうと4ページにまとまりません。コマの一つ一つに説得力があって、減らしても増やしても成立しません。イラストレーションの力を感じました。先生は『ストーリーが一番大事』ともおっしゃっていました。たった一コマの表現でも、説明しすぎずに伝わってくる。そこが格好いいんです」
悩みや迷いを経て、“好き”を突き詰めた先に見える景色。マツオさんの作品には、その軌跡が刻まれている。
マツオさんの個展「マツオヒロミ展 レトロモダンファンタジア」が平田本陣記念館(島根県出雲市)で2026年1月25日まで開催中。わたせさんとコラボした「RENDEZ-VOUS わたせせいぞう×マツオヒロミ」(玄光社)が今冬に発売予定。
提供元:MANTANWEB