自分なら救えるのか? 『タブーを犯した女たち~鬼畜~』で打ち砕かれる人間の建前
更新日:2016/09/21 10:00
もしあなたが、児童虐待の事実を知ったらどうしますか?
「止めろ」と虐待者に注意しますか?
虐待されている子を匿いますか?
警察や児童相談所に通報しますか?
それとも……自分に被害が及ぶのを恐れ、見て見ぬふりをしますか?
「タブーを犯した女たち~鬼畜~」 (伊東爾子/竹書房) は、コマを読み進めるごとに「この場合はどうする?」と読み手に選択を迫るマンガです。
また、衝撃的な内容と結末をはらんでいるため、読者レビューや感想は両極端。総じて「悪い」方に傾いています。
しかしこの作品においては、「読後感が悪い」という感想はある意味「正解」です。
そして「悪い」という評価にこそ、このマンガが描かれた意義があるのです。
では「読後感が悪い」と感じる原因はなにか?
作品の見所とともに、それぞれの登場人物にスポットを当てながら紐解いてみましょう。
読者投稿を元に描かれた“衝撃の事実”
“事実は小説よりも奇なり”とは英国の詩人バイロンの言葉ですが、エリカという少女の身の上に起きた出来事は、そんな言葉では消化しきれない重苦しさがあります。
マンガという創作物だったら、まだ救いがあったかもしれません。
しかしこの作品は、『本当にあった女の波瀾万丈人生』(竹書房)というレディースコミックに投稿された読者の体験談を元に描かれた、実際に起きた出来事なのです。
事実であるということを踏まえて読むと、作品の理解がより深まるはずです。
自分勝手で横暴な父親
主人公(投稿者)は、母親が経営するスナックを手伝う玲子。そのスナックの常連客が、近くの建築現場で働いている西尾でした。
妻と別れて4人の子どもを引き取り、半分寝たきりの父親がいることや、次女は施設に預けていることを、あっけらかんとした口調で語る西尾。
実は、西尾自身は親どころか子どもの世話もせず、それらはすべて長女のエリカに丸投げにしていたのです。
しかし西尾は、娘のエリカのことなどお構いなし。宿題をやろうとしていた彼女を怒鳴りつけ、夜な夜な自分が飲み歩くのに付き合わせるのです。
西尾は、エリカの担任・松井が、エリカを学校に来させて欲しいと話をしにきても、暴力をふるって追い返してしまいます。
自分の子だから誰にも文句は言わせない……そんな屁理屈を押し通す西尾の行動は、さらにひどくなっていきました。
スナックで飲む金がなくなった西尾は、エリカを馴染みの店に出向かせ、酒を手に入れようとしたのです。
さらに、卒業式には出席させて欲しいと直談判しにきた松井に嘘をつき、結局欠席させた西尾。
西尾は、娘を思い遣る心など、欠片も持ち合わせていない男でした。
父親の自覚がないどころか、人としても尊敬することができない西尾のような男が、家庭という檻にエリカを閉じ込め、追い詰めたこと。
それが「読後感の悪さ」の第一の原因です。
エリカの苦境を傍観していた玲子
西尾が店にエリカを連れてきたことで、エリカの苦境を知ることとなった主人公・玲子。
しかし、小学校3年生なのに妙に場慣れしていて、かいがいしく父親の世話を焼くエリカの様子に違和感を感じたものの、「子どもは奥さんじゃないよ」と言うのが精一杯でした。
エリカの担任・松井に西尾が暴力をふるった時も、「所詮は他人の家庭」と踏み込まずに、苦労を背負ったエリカをかわいそうと思うばかり。
少しでも助けになればと、母親が作ったお弁当をエリカの家に届けた玲子は、学校にも行けず、簡単な足し算すら理解できていないエリカの様子に胸を痛めます。
玲子にできた事は、店に来たときに勉強を教えたり、話し相手になったりすることでした。
ある日、エリカから手紙をもらった玲子。学校でいじめられていること、でも友だちが欲しいこと……拙いひらがなで一生懸命書かれた手紙を見て、玲子は彼女が母親の愛情を欲していることを察知します。
しかしやはり「所詮は他人」。スナックの店員と客の娘という関係では、なんともし難いところがあり、エリカが相変わらず苦境に立たされていることを知りつつも、自分の結婚、店の移転もあって、西尾親子との交流が途絶えます。
玲子が再びエリカに会ったのは、玲子に子どもが生まれて区役所へ出向いたときでした。
久しぶりに会ったエリカを見て、彼女の妊娠を疑った玲子。しかしエリカはまだ中学2年生だからそんな事はありえないと自分の考えを否定し、そのまま別れてしまいます。
しかしこの時すでにエリカの身には、とんでもない事が起きていたのです。
ここまでの間、あなたが玲子の立場にいたらどうしたでしょうか?
玲子がエリカを助けるチャンスは何度もあったと、個人的に思うところはあります。
おそらく読者のみなさんもそうでしょう。
傍観していた玲子の行動に対する疑問や怒り、そして今となってはエリカに何もしてあげられないという無力感など、スッキリとしない気持ち。
それが第二の原因です。
父親に無抵抗なエリカ
小学3年生にして家事全般だけでなく、幼い弟二人と、身体の悪い祖父の世話をしなければいけなくなったエリカ。
主婦でも大変だと思うレベルですから、エリカにとってはなおのこと。家事に追われ、満足に学校に行く事ができなくなってしまいます。
しかしエリカ自身にも、学校に行きたくない理由がありました。
父親に連れ回されて飲み屋に出入りしていることを、同級生にいじめられていたのです。
普通の親なら「学校にだけは行け」と言うのでしょうが、西尾は逆に、宿題なんてやらなくてもいいし、学校になんて行かなくてもいいとエリカに言い放ちます。
その時のエリカは、まったくといっていいほど感情のない顔をしています。
父親の言う事に異常なほど素直に従い、家事を頑張りすぎること、スナックでかいがいしく父親の世話を焼くという大人びた行動、無表情、学業不振……エリカの行動と精神に表れているこれらの症状は、得られるはずの親の愛情が得られなかった、児童虐待の被害者にみられる愛着障害です。
傍目から見れば、エリカがちょっと自己主張すれば、父親の支配からは簡単に逃れられるのではないかと思うかもしれません。
しかしエリカがもう、自ら助けを求められないぐらい傷ついていたことは、父親が担任の先生を殴った時の様子や、卒業式に行かせると父親に嘘をつかれた時の様子から見て取れます。
友だちもおらず、勉強もできないエリカは、中学生になってからも激しいいじめにあい、不登校になってしまいます。
家庭以外の場所に触れる機会がないから、自分が置かれている状況の異常さに気付けないまま、エリカは父親の手によって更なる地獄を見ることになってしまうのです。
しかもこの虐待の傷は、24歳に成長したエリカをまだ蝕んでいました。
結婚という形でようやく父親の支配から逃れたエリカですが、その結婚もうまくいかず、全てを諦めてしまったかのような姿を見て、玲子は思わず説教めいたことを言ってしまいます。
己の感情を殺すことで、悲惨な生活を生き抜いてきたエリカには、ちょっと酷な言葉だと感じたかもしれません。
実はここには、作者・伊東爾子のエリカに対する怒りが込められているのです。
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エリカは描いていてなんだかとても不憫でしたが 最後の方はちょっと腹が立ってしまい、 主人公にちょっと冷たい態度をとらせてしまいました。
編集さんに「ちょっと冷たすぎるので(変更)…」と言われ 「あ、やっぱり…」って冷静になりましたが。
学校の勉強なんてできなくていいから、 世の中を強く要領よく渡り歩いていける力を 培ってほしいなと思うのです。
「自分の力でなんとか生きていける」って たとえ貧乏であっても、とても幸せなことだと思いますね。
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(漫画家 伊東爾子のOfficial Website『duoplan』より引用)
無気力なエリカに腹が立つこと。
腹を立ててしまう自分がおかしいのかと疑う心。
そして、当事者じゃなくてよかったとどこかで思ってしまう偽善的な思い。
そんなごくまっとうな感想を抱いてしまうこと自体が、読後感の悪さを引き起こす第三の原因なのです。
児童虐待の事実を世に広める意義
この作品のような“実体験を元にした漫画”は、漫画という間口の広さでもって、大きなニュースに埋もれてしまった、身近で起きている問題をわかりやすく知らしめ、多くの人に関心を持ってもらう手段として、意義があります。
“他人の不幸は蜜の味”という側面も、読んだ人のストレスを解消するのに役立つのであれば、別の意義があるといえるでしょう。
おもしろ半分に読み始めても、どこかモヤッとした感情が残ったという場合は、もう一度「自分ならなにができるのか?」を考えながら読んでみてください。
今の自分には直接関係ないかもしれないけれど、どこかにエリカのような子がいて、助けを求められずに苦しんでいるかもしれないことに思いを馳せるだけでも、投稿者が雑誌に投稿した意味があると思うのです。
平成27年8月4日に厚生労働省が発表した文書によると、平成27年4月から平成28年3月までの1年間に、全国の児童相談所が把握した児童虐待の件数が約10万3000件となり、初めて10万件を超えたことが報告されています。
この作品を、虐待の問題を考えるきっかけとして、前向きに受け入れてもらえることを願います。
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作者
中村美奈子
マンガはもちろん、アニメ・映画・ゲーム・舞台など、なんでもよく読み、よく見て、よく楽しむ、エンターテインメント系ライター。Webサイト『マンガペディア』や、マンガ公式ファンブック、アニメ誌、映画パンフレットなど紙媒体でも活躍中☆ 最近は、映画のエキストラ出演に夢中。「映ってるかも!?」とドキドキしながら見るうちに、映画本編に入り込んで、自分が映っているかなんてどーでもよくなり、結局2回以上観ているおっちょこちょいです。記事タグ
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