3.0
自己肯定感が高い人が想像した世界かも?
自己肯定感が高い人が想像した、自己肯定感が低い人の物語なのかも?
マリーが「社交はしたくない」ときっぱり言うシーンがあるのだけど
有能なのに自己肯定感低い人だと、できなくちゃいけないのかなあと悩んで断れなくなったりする。
でも、自信がないから「学ぶ」こともして、「成長」していく。
マリーの場合というか、この作家さんの場合、
「社交界の人は全員心が腐ってるから、なじめない内気な私こそがかわいい」という自信があるのよ。
すると、その自信を裏付けてくれる登場人物しか作中に出てこない。
武闘競技場で伯爵(男主人公)が負けた人がけがしてないか気を遣うのだけど、
見物に来た令嬢たちは伯爵の地位とお金だけ見て伯爵と結婚したがってる。
それ見て主人公は「全然この人のいい所を見てないじゃん」と怒りを感じる。
でもさー、女子って観察眼するどいよ。
「地位とお金がある人と結婚しても、妻にモラハラする人じゃそのお金も私のために支出されないじゃん、
弱者をいたわってる人ならその点安心だもんねー。基本優しいから結婚後妻にも優しいね。」
みたく友達と話しながら伯爵のもとに令嬢たちが押し寄せる、とかになるって。
社交的で打算的だけどけっこういいやつって登場人物が存在しない。
社交的かつ伯爵の長所もよく見てる令嬢がいないので、内気なほうがいい人という自己肯定感を高く保てる。
以下の事も上流の人は全員悪人という思想から生まれてると思う。
家政婦さん(?でいいのかな、召使い頭)の仕事の範囲が多岐にわたってしまってる。
作者の妹など上流階級に属している主人公カップルの味方から、
女医とかジャーナリストなどをしている主人公の友人~
秘書~上級のお手伝いさん~制服組現業職のお手伝いさんまで、
多階層の主人公の味方が登場するお話も存在する。このお話では、それぞれの役目を一人でしてる。
すると、この人は一体どんな気持ちで仕事してるの?という疑問もわいてきちゃう。
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