即決!!素晴らしい
結婚っていきおいだよね
羨ましくもある
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即決!!素晴らしい
結婚っていきおいだよね
羨ましくもある
大正時代の出産年齢って、結婚翌年から30歳とか
年齢的には特に23歳から28歳とあるので
後4年しかないではないですか
おまけに学生時代と義父の手紙にもある
純愛にこだわり過ぎて時間経過し過ぎると
ふきが逆に責められて可哀想だよぉ・・・
そこに気付いてくれ、若!!
おおおおおおおおおーーーぅ
心を求めてるなんて
相当初恋をこじらせてますね
絶対幸せになる夫婦と思いました
いいよ、いいよ、そうだよ
そのうち時間の経過と共に
薄紙一枚づつたまっていく思い出と共に
夫婦らしさが滲み出てきます
がんばれーー
なんか服装の格差ではない気がする・・
仮に高級な着物買ったとしても違うと思う
よそよそしさや、二人をまとう空気は
今現在の2人の関係性なのでは?
焦らず待ってくだされ旦那様
まだ18歳で学生なのに実家に一緒に住まず
きちんと独立して二人で住むのが
やっぱり養子に出されていただけあり
しっかりしてます、立派です
養子に出ると、実家であってよその家なのかな
大正10年(1921年)だから
東京市全域は1912年には電気完全普及してとあるので
さぞかしふきの顔は明るくみえただろうなぁ・・
可愛かったですか (*^-^*)
明治大正時代は10W1灯で今のお金で3万~4万っていうから
ながーいコードにして丸電球1個を家の中あちこち移動させてた話しだけど
さすが士族、お風呂にもある、部屋にもあるみたい凄いなぁ
勇吾さん、6歳で初恋なんでしょうか
初恋を実らせて結婚ってすごいです
もっと凄いのは借金2,000園完済した事
一体義父はいくらほど大金持ちなのか
ダイヤモンドクラスの玉の輿ですね
ここで使っている「ねえや」は「姐や」で、子守・女中の事です
ふと、これを読んでたら童謡「赤とんぼ」を思い出しました
作者(三木露風)は5歳で母が離婚、母方の祖父の元で暮らします
母は幼い弟と共に東京へ行き、作者が12歳の時再婚で北海道へ転居
幼稚園から帰宅すると母がいなかった作者の気持ちが
作者15歳の時の短歌にのこされています
「東京に居ます母を呼んでも何の返事もなし
哀れ母は今如何なにしてけむ 思えば哀れなりけり」
赤とんぼの「15でねえやは嫁に行きお里のたよりもたえはてた」
この「姐や」は実はお母さんの事でした
やがて再会した母とも昔の親子関係には戻れませんでした
作者73歳の時母が逝き、一晩添い寝を頼んだ夜
5歳で置き去りにされて以来やっと母と眠る事が出来た
赤とんぼはこんな悲しい思い出が込められた歌なのです
この歌の解説を読んで、ここでの「ねえや」が
本物の「姐や」で良かったなぁ・・としみじみ思い読んでます
大正10年(1921年)東京府東京市 士族橘家
士族というのは、江戸時代の武士階級を明治政府が再編
皇族(最上級)、華族(上級)、士族(中間)の順
北海道 本家養子 橘 勇吾(18歳)
妻 ふき(24歳) の物語です
ふきの抱える父親の借金の大きさを考えてみました
一般労働者の給料は 月給10円~20円 年収120円~240円程
大卒労働者の給料は 月給50円~60円 年収600円~720円程
とあるのでかなりのものです
女中の仕事だけでは一生働いても返せない
とのご主人様達の意見はごもっともと思ってしまいました
高級○婦たちの寝室 ~闇聖母スカウトキャラバン~(分冊版)
083話
第28話(2)