5.0
普及の名作
改めて読んでみると、非常にタイトな作品にも関わらず、読後には、巨大長編作品を読み終えた時のような圧倒的な余韻が残る。わずか10巻という紙面にこれだけの世界観を詰め込んだ才能は流石としか言いようがない。
序盤は少女漫画然としたお姫様漫画的軽快な華やかさで助走していく。無邪気で無欲で愛らしい、夢のような世界観だ。この時代に少女だった人達は、どれだけこの作品に憧れ夢見た事だろう。が、少女漫画にありながら、この作品では夢のような話を夢物語として終わらせないシビアさがある。アントワネットの豪奢なドレスや靴や宝石は、優しい魔法使いのお婆さんによる産物ではなく、農民をはじめフランス国民98%を占める国民による巨額の税金、国庫からの支出をもって贖われたものである事を克明に描写している。かたや彼女の主だった取り巻きは、遊興と奢侈、不倫と浮気、見栄と建前、欲と利害関係に結ばれた貴族であり、アントワネットはついに革命に至る直前まで、外界に対して盲目的である事を誘導されているようにも描かれている。私利私欲に明け暮れ遊び暮らす貴族の傍ら、パリの街は重税の取り立てから逃れた農民が難民として流れ着き、市民は仕事も得られず食うに事欠き、盗みや犯罪が横行し、娘は身を売って辛うじてパンを得る。二人のヒロインのうちのオスカルは、この惨状に愕然と涙を流し、近衛隊隊長という当時屈指の花形的役職を自ら降りる。一方、フランス女王としてパリ市民の生活を顧みる意識の萌芽さえないアントワネットは、格式ばって古臭い重厚なヴェルサイユ宮殿から逃れ、これまた新たに莫大な税金を投入して、プライベートなガーデニング農村『プチトリアノン』を築いてお気に入りの仲間と自由に過ごす。
旧来の、地位ある女の役割を担わされたアントワネットと、男として育てられ社会に目を向け生きる道を与えられたオスカル。この2人の対極的な描かれ方は、85年に制定された『男女雇用機会均等法』以前に思春期だった少女達にとって、とても印象的な存在だったのではなかろうか。男性の男性による裁判の中、最期は断頭台に送られたアントワネットは男社会の庇護と支配を受ける当時の女性像の象徴であり、もう一人のヒロインオスカルは、男性による旧来の社会構造に反旗を翻し、女としてではなく一人の人間として生きようとする、新たな女性像の象徴として描かれているようにも思われる。
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ベルサイユのばら エピソード編