私が蠱毒を初めて知ったのは、
光仁天皇の皇后・井上内親王の続日本紀の記録でした。
それ以前の記録では、人を呪うのはもっぱら人形に釘を刺したものだったらしいです。
井上皇后が夫である光仁帝を呪い殺○すために巫蠱(ふこ)の術を用いて祈祷したとか。
でもその動機もあやふやで薄い。
歴史は勝者側の記録ばかりだから、皇后が身に覚えの無い濡れ衣を着せられて
失脚させられた可能性も高い。
皇后の義理の息子に当たる桓武天皇には、耳の痛い話・・・?かしらね。
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ドクムシ
008話
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