5.0
価値観クラッシャー
「夜_這い」の風習が残る、前近代的な村社会に迷いこんだ少年を主人公にした作品。
恐ろしい漫画である。
読者の価値観に揺さぶりをかける、というか、ほとんど破壊しようとするほどの勢いだ。
作中、村の生活を「おかしい」と言う主人公の少年に、一人の女性が答える。
性なんて、腹が減ったら飯を食うのと同じ、生活の一部だ、と。
この村の人たちはずっとそうやって幸せに暮らしてきた、何がいけないのか、と。
これは、少年に向けられた問いであるのと同時に、読者に突きつけられたこの漫画の毒でもある。
少年は、答えられない。
私も、答えられなかった。
一夫一妻の制度も、ロマンチックラブの観念も、不倫を悪とする価値観も、全て、私たちが後天的に知る、ある種の幻想に過ぎない。
幻想もなめたものではない。
その幻想が、私たちの存在を支えているからだ。
しかし、である。
この漫画は、読者に問いかける。
あなたはこの村の風習を「異常だ」と感じるかもしれないが、仮にこの村に生まれたならば、あなたは村の性の自由さに疑問を持ったか。
あなたを支えている幻想は、別の社会の幻想を見下したり切り捨てたりできるほど立派なのか。
性が解放されている、というだけのシンプルな世界に生きることと、ろくに知りもしない他人の不倫報道に怒り狂ってネットで叩く人間に溢れた世界と、果たしてどちらが「異常」なのか。
そんな、どこまでも根元的な問いを突きつけてくる漫画。
嗚呼、恐ろしい。
読み終えてしばらくは、何かにつけてこの漫画のことを思い出し、考え込んでしまうだろう。
この先のあなたの人生に、よくも悪くも「残って」しまう漫画だと思う。
優れた作品はいつも、答えではなく、問いを残す。
- 82