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マニラの夕日が響かない
今から五十年くらい前には、ロボトミー手術は精神科において普通に行われていた。
脳に深刻なダメージを与える危険性が後にわかり、禁止された。
こんな話がある。
ある有能なスポーツライターの男が、妹夫婦と口論になって家具を壊して逮捕され、精神病質と診断されて、ロボトミー手術を受ける。
結果、男は記事が書けなくなり、後遺症に悩まされる人生を送る。
あるとき、世界的に名高いマニラの夕日を見て、自分の心に何の感動も湧かないことに愕然とした男は、自分がもはや人間ではないと絶望し、ロボトミー手術の問題点を知らしめるために、自分を手術した精神科医を殺そうとして、結果的に、その妻と母親を殺害する。
私の知る中で、最も絶望的で悲劇的なエピソードのひとつである。
何も、感じない。
これほど恐ろしいことが他にあるだろうか。
誇張抜きで、男は死_刑に処されるよりも残酷な運命を辿ったと思う。
それをもたらしたのが、ロボトミー手術だ。
私は、漫画に倫理も道徳も求めていない。
闇金ウシジマくんをヒーローと考えるような人間である。
しかし、仮にも「医療」の名のもとに、相手がどんな人間であれ、一方的に「クズ」と断じてロボトミー手術で人格を壊して解決を図るような主人公は、見ていて胸が悪くなった。
これが「超能力」なら、まだ許せたかもしれない。
SF漫画の悪役の行為なら、流せただろう。
だが、ロボトミー手術は、多くの犠牲の上に禁じられた、医療の歴史における人類最悪の過ちのひとつだ。
それをいとも軽々しく行使する人間を主人公とするような作品は、私はどうしても受け入れられなかった。
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